RECORD

Eno.8 スフェーンの記録

Record:ルチル:8

「……」



「そう、濡れていた」.



「最初のうちは、汗が酷くなってたな、何で笑ってたけど」



「…」



「そうじゃ、なかった」




手汗がひどかった。
寝汗が酷かった。

なんて誤魔化し続けるのも無理があった。

店が終わった後、星見る夜。
その日の星空はいつもよりも澄んでみえた。
そう言う日だと予告されている。
いつもよりもうんと空気が綺麗だった、と言う話を聞いている。
外はずっと曇っていて、濁っていて、こんな日はまたとなく、滅多にない。
墨染の色に淡々と強く輝く星たち。
彼女は、店が終わったら、外のベンチで空を眺めようと。


「滅多にできないデートだからと」



そう、その日の朝は話していた。

──でもね。


「……朝からなんか変で」



「床は水を使ってないのに水浸し」



手から垂れ流しになっているのに気がつくまではそんなに遅くなく



「その日の営業は、急遽取りやめとなった」



そのまま、症状を信号で送りながら二人で病院に向かったのを覚えている。
彼女には家にいてくれと伝えたが、心配だからついてくると。
結果的には、それでよかった。
本当に、よかった。



「………」




着くまでの間、起こっていることに対して、割と楽観的な見方をしていた。
日常の中に割り込んできた理解のできないことへの理解をやめていただけかもしれない。
入院なんてことは滅多になく、大抵は薬が処方されて終わりだ。
ケミカル味の口の中の淀み。
それもなどを過ぎ去ればあとは治るばかり。
薬も物によって味が違うから。
変に甘いやつじゃないといいなって話しながら。


「晩御飯は何食べる?」



「トンテキ」



「それ今日のメニュー予定だったやつ」



「捨てるの勿体無いでしょ。玉ねぎも刻んじゃってたし…ちょっと甘めのタレを柔らかいよく焼いたお肉に絡めて〜…」



お腹空いてる?




「──空いてるけど、今はいいよ」




到着前。
最後の会話だ。







そこから、彼女と別れて。

自分は検査室へと足を運ぶ。

そこで検査の後、しばらく待たされて。

これを打ちましょうと看護師入る。

俺はそれにお任せをする。

つうっと冷たい針の先。

自分の腕にプスリと刺さる。

中の液体が注がれていく。

自分の体は器であり。

<small>沈む。

沈む。

微睡、淀み、暗がり。

意識を失った。








──気がつけば俺はfictionにになっていた。
おおよそ受け入れられない説明を聞いている。
ああでも、頭に残った甘いものが、それが事実であるといやというほどに染み渡らせていく。
理解し難いことを、理解させられて、挟み込まれていく。
一年だけ“居住区”なる場所で過ごすこととなり、そこにいる人々と暮らしていた。
何日かに一度、宇宙が開いて、星を見せられるたびに、頭痛がする。
具合が悪くなる。

水が手のひらから漏れていた。

子供の時の夢が叶っている。
ただし氷ではなく水なのだけど。
辺りを水浸しにしている。

そのうち、調整が効くようになった。
星の声を聞き流せば、何となく。

そんな調整効かなくてもよかったのに。






「………」



役者。
小さい時に見ていたものの裏側を知る。
自分の焦がれた敵側の表情を見る。

ああ、あの人たち、必死だったんだ。

唯一存在の否定されない、その時間だけが。



「………」




彼女のことを考えている。







話しながら顔を覆っている。

まだ顔を思い出せる。
笑った顔も、美味しかったと言う声も。
左手の銀の輪っかがいつまでも捨てられない。
けども、普段つけておくのは、変だと考えてネックレスに引っ掛けている。
本当は左手にいつまでもつけておきたいが。

これは祈り。

これは願い。



「………」



「俳優、と言う、職業がある」



「一年だけ外で暮らす権利を、撮影の元得る代わりに」



最後、見せものにされて、大々的な処刑ショーが行われる」



「…………それだけがチャンスだと言うなら」




こんな理不尽なんてない。
あんまり歯向かうタイプではないのだけど。
だからと言って、理不尽に急に奪われた日常を、ああそうかいでほおり出せなかった。

──マザーの元で示された正義の天秤にかけてみても。

これはおかしいだろ。何をしているんだ、なあ。

これは、どう考えても、おかしいだろ、なあ!



妻に合わせてくれ」



妻に、会いに行って、きみに、料理を





──これで、彼の話は終わり。