RECORD

Eno.263 ユビアサグラーダの記録

プロローグ

──




王宮は、この国でもっとも大きな建物です。
国をぐるりと囲む壁のちょうど中心、あまたの町と町とに守られるように建っているのです。


普段は静かで厳粛なそこが、今日はどこもかしこも大騒ぎ。
あちこちで火が上がって、逃げる人、戦う人、その全てが、城の外から押し寄せる人々に怯えていました。

彼らは、紛れもなくこの国の人々です。
皆一様に怒ったような顔で、おまけに必死ときています。
一体、何があったのでしょう。何が、彼らをそうさせているのでしょう。




王宮のいっとう豪華な部屋は、外の喧騒も遠く、静かなものです。
そこには、2人の人がいます。

1人は、立派な服を着たまだ若い男です。頭に冠をつけていますが、地面に座り込んだついでにずれてしまっています。

もう1人は、こちらも立派な服の少年です。年頃は10代の後半くらい、腰にさすのに丁度いいくらいの金の剣を刺しています。


少年はじっと男を見下ろして、静かに話しかけます。



──もう正面は突破された頃でしょう。いずれ、ここまで民は押しかけます。
勝敗は決しました。御身がご無事なうちに、どうか認めて頂けませんか。


少年の声が聞こえてはいるのかいないのか。
男はなぜだ、なぜ兵が動かない、宰相は、教会はどうしたと頭を抱えてぶつぶつと呟くだけです。


──兵は皆、説得に応じて投降しています。
少なからず先の内乱の生き残り、もう不要な血を流したくはなかったのでしょうし…貴方がた・・・の行いを知って看過できるほど、愚かでもありませんでした。

──教会には、もう民を導く力も、資格もありません。貴方がたと組んであんなこと・・・・・をしていたのだから、既に求心力は地に落ちておりましょう。
今頃はここと同様、民から罪を問われているはずです。


少年は静かに語ります。まるでひどい失態をした子供を諭すような声です。
ずっと人前に立ってきたのでしょうか、その姿はなかなかに様になっていました。


男の方はもう半狂乱で、整えた髪もめちゃくちゃです。
怯えて荒い息を吐きながら、絶えず何かを喋っておりました。


そもそもおかしいと思ったんだ、あいつも、あいつもあいつも、妙な死に方をして、


──それは、貴方がたの仕業でしょう。
黒幕が殺されたものだから仕える先がなくなって、お互いを殺し始めてしまったのでしょう。


男が呻きます。違う。


──教会の上層もあなたたちの仲間でしょう。
国の抗う戦力を削ぐために、教義を利用しましたね。先の内乱では、亜人兵をより多く使い潰したでしょう。
目の前の危機を前に、なぜ彼らを軽視したのです?主が亜人なのを知っていて、対抗手段を潰そうとしたのではないですか。



頭を掻きむしります。違う。違う。


──そも、なぜあの時期に内乱など起こしたのです?
先の短い先王後に皇太子殿下が玉座に着くことが、そんなに不都合だったでしょうか。
否、理由はそこではありません。
貴方がたは、ファールベリトの国力をこそ恐れた。主の本格的な活動に先がけ、迅速にそれを削る必要があった。
故に各々が玉座を求めているように見せかけ、兵と資源とを、削りあったのです。
中央の民には上手く隠したようですが…辺境では、随分ボロを出しましたね。



違う、違う違う!!


──不甲斐ない。勇者なのに、気づくのが遅れてしまいました。
王族、教会、国を動かす役割の者達が、皆いつの間にか魔王に食われ、複製体に入れ替わっているとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・──


違う!!



大声を上げて、男が少年に掴みかかります。
細い肩を握りつぶさんばかりに掴んで、そんな、そんなことがあるものか、私たちはそんなことをしていない、魔王のことなど何も知らない、ただ兄は王に相応しくないと、どの妃でもない、どこの誰とも知らぬ僻地の女の腹から生まれた者が後継などと、我らは、最早半狂乱で叫びます。
その声は広い部屋に響いて、しかし、外の群衆にも、目の前の少年にも届きません。


──もう良いのです、陛下。


痛みに耐えながら、少年は語ります。


──もう、愚行を繕う必要はありません。
恐るべき奸計でしたが、全ては終わったこと。
造られた命は、創造主に逆らえなかったやもしれませんが…


固まる男に、少年は手を差し伸べます。
真正面から見つめる青い瞳が、救世主たる慈悲と輝きを湛えています。


──大丈夫、陛下は紛れもない人です。
人として罪を裁かれ、罰を受けてください。
民からも兵からもお守りします。最後まで尊厳ある、人としての最後をお約束します。
勇者として。


差し出された言葉に、男は全ての感情を忘れたような呆けた顔をしたかと思うと。
もはや言葉にならないうわ言を漏らし。それは獣のような叫び声になり。
遂には泣き顔か、怒りなのかも分からないぐちゃぐちゃの顔で、手は胸の守刀に伸びて…



手が胸元に辿り着く前に、だん、と大きな音がすると、男の首は胴体から跳ねるように離れていきました。




身構えていた少年はとたんに吹き出した血を浴びて、僅か後ずさると、今まで見たことの無い顔をします。

目の前の光景に怯えていて、しかし、どこにも逃げ出すまいと己を戒めるような、覚悟の顔です。


──…………さらば、兄上。


大人のそれに近づく手を、爪が刺さるほど握りしめています。


血に染る少年を見つめる者がいます。
それは、異様な姿の騎士でした。
全身を覆う鎧は真っ黒で、背丈は少年の倍以上。巨大な斧を構える腕は長く、左右の長さがちぐはぐです。

一目見れば、それが亜人であることは誰の目にも明らかでしょう。


ようやく騎士に少年が気がつくと、騎士は獲物を置き、恭しく跪きます。
その姿に何故か、少年の顔に喜び・・悲しみ・・が混じりました。

なんとか呼吸を整えて、血も拭わぬまま少年が訪ねます。


──いずこの勇士か存じ上げないが、よくぞ窮地を救ってくれた。
恩人に不躾な質問を許してくれ、貴兄はいずこの武人であるか。


騎士は面を上げず返します。


──私は、武を求めさすらう主なき剣。
ここより遥か遠い地で竜に教えを乞い、万夫不当の技を練り上げておりましたが。
いずこの国に魔王を斃し、遍く万人に平和と恩寵をもたらした勇者がいると聞き、未熟の身でありながら力にならんと、今ここに参りました。


少年はその声に静かに聴き入り、間を置いてひとつ頷きました。


──今、この国はひとつの転換点にある。
貴兄の力があれば、きっと如何様にも変われよう。
願わくば是非とも、私の剣として、友として、武勇を奮って欲しい。


──貴兄、名はなんと?



震える少年の言葉に、騎士は顔を上げます。
穏やかで揺らぎのない、堂々とした声が返しました。





── 我が名はユビアサグラーダ。
空を揺らし、然して後に地を満たす、天恵の嵐。



















ああ、これは良くない。





余計な情報が残っている。また推敲をせねば。





知られるのは、伝わるのは、美しい物語であって欲しいものね。






────みんな、またね。