RECORD

Eno.873 Feher Istvanの記録

回想

外の階段を、通路を足音がこちらに向けて。
そしてそれは我が城たる安アパートの202号室の前で止まった。止まるなよ。
お前の部屋は203だろうが。

渋々と身を起こして、立てかけてあった便利棒を手に取る。丹念にびっちりと目張りした窓からは少しの光も入ってはこない。

——沈黙。

足音は止まったままで、部屋の前に留まったままでいる。無音。
何をしているんだ?
話す声もない、荷物をあさる音もない、身動ぐ音すらもない。
ただそこに立っている・・・・・・・・・・

時刻は夕暮れ、こちらから玄関前に出て行くのは自殺行為だ。西日の直撃はそれなりにこたえる。
待てど暮らせどそれが動く様子はない。文字通りこのままでは日が暮れるという表現が似合いかもしれないな。

「おい、なんの用だ」
待ちくたびれて声をかける。少なくともそこに居座られては自室といえど寛げはしない。
玄関の外で僅かに音。動いた。

「えっと、いすとばーん。落ち着いて聞いてほしい」
いつものようなトチ狂った様子はなく、落ち着いた理性的な声と話し方。逆に怖い、これからこいつは何を宣告するというのか。
「えーと、さっき帰りがけにきみの勤務先の前を通ったのだけれど……」
勤務先。どこにでもありそうなフランチャイズのコンビニエンスストアだ。ついに店長が過労で倒れて搬送でもされたのだろうか。

否、そんなことでこいつがかしこまって伝えにくるはずがない。確実に、状況は更に悪い。
ひと呼吸。扉の向こうで息を吐いて、吸うだけの間が生まれる。
「通りかかった時にちょうど見ちゃって」
「トラックに轢かれて店舗が異世界転載してしまったみたい」


東京都x区。
東京24区の一角を占める領域のひとつ。
俺の住むその土地では異世界転生など日常茶飯事といえる。なんなら逆転生(転移)で流入してくることすらざらにある。
そんな土地でも“コンビニ店舗が丸ごと異世界に転生”なんて事例は聞いたことがなかった。
「……え? は? 今どうなってんの????」
「更地」
「店員と店長は?????」
「わかんない。一緒に行ったんじゃない」

キャパオーバーからの機能停止をキメた。

気がついたらすっかり日が暮れて、夜になっていた。出勤時間には少し早いが家を飛び出してコンビニへ。
非の打ちどころのない見事な更地。
俺はこれからどうすれば……?
貯蓄に余裕があるわけではない。というかいつ帰ってくるかも、そもそも戻ってくるのかもわからん。
とはいえ、毎日24時間働いている現代の奴隷労働者たる店長が店舗を更地のままにさせておくとも思えない。
きっと帰ってくる。

俺は信じて待つことにしたのだった。
ちなみに夕勤の子も巻き込まれていた。可哀想に。