RECORD

Eno.8 スフェーンの記録

finale:NO DATA







「……」



「……………」



早朝、1人で起き上がる。
きみの寝顔をながめている。



「…………」




大切な子が、自分の横で安心して眠っている。


どういう因果の回りなのか。
彼女に、本当に、連れてこられてしまった。こんなところまで。

耳をすませば寝息があって。

頬に指先で触れれば熱がある。

鼻を動かせば茉莉花の香りでいっぱいになって。



「………」

どうしようもなく、愛おしかった。

あの世界なんかよりもずっと忙しい世界で。
世界なはこんなにも狭っ苦しい。
世界はこんなにも文化に満ち溢れていて。
多く暮らす人は、自由に笑っている。
見たことはないけど、知識のあるものたち。
そう言った、新鮮にも触れている。
新しいことでたくさんで。
好きになれそうなものでも、満ちていた。


明日はどこに連れて行かれるんだろう。
図書館、紙の本なんて初めて見たような心地で驚いた。
彼らが自由に、何冊か借りれるなんて、夢みたいだった。
カフェのオムレツが美味しかったな。ふわふわと柔らかくて。
除いた雑貨屋さんで、きみが何を見てるのかばかり見ていた。


明後日はどこに連れてかれるんだろう。
動物園と水族館。どちらも生き物が暮らしている施設らしい。
水族館は、海の生物を見ることができる施設だった。
世界には人間以外にも多くの生物が暮らしていて、それらを間近で見られるなんて驚きでしかない。
イルカのショー、高く飛ぶそれは、すごかったな。
かっこよかった、かもしれない。
飼育員、とも信頼が築けているようで、それも見ていて面白かった。


明々後日はどこに連れてかれるんだろう。



「………」


過ぎた時間が、いつまでも自分を苦しめている。
それはそうだ。自分は、責任を放棄している。
やらなくてはいけないことを放棄している。
あの世界は変わらず、ただ淡々と特別制作がされ続けているのだろう。
フィクションとされる星の声の子供たち。
自分と夢を共有して、ただ、日常を望んだ彼らたち。

今も殺され続けている。

それが堪らなくなって、どうしようもなく、胸をつく。
こればっかりは。
こればっかりは、失えない。



「…………」

「ぷや」

「ぷや、生きるのってしんどいな」


苦笑を讃えながら、心中を小さく、誰にも聞こえないように、隣の君にすら聞こえないように吐露をする。
君の寝顔はきっと安らかで、穏やかで、柔らかい顔をしているのだろう。
その顔に向かって、重苦しい言葉をおろしている。

自分のできなかったことが、どうしようもなくいまを生きる自分を苦しめてくる。
幸福に生きているのを噛むたびに、後ろからうっすらと冷たいものが流れてくる時もある。
割り切っている。それは選択を決めた時に、決めたことだから。

それでも、自分は許されたくない。



──おろして、新しく息を吸い込んだ。
君の頬を起きないようにそっと撫でている。
つるりとした肌の感触。
健康的な肌色が、灰色をなぞって。


「………」

「でも、しあわせだよ」

「それを、塗り潰せるくらい、たのしくて、しあわせで、仕方がない」

「ずっと多分、俺は、こういうのが欲しかったんだと、思う」

「…」

こういう、夢を見ていたんだと、思う

こういう夢を見るために、走っていた。
こういう夢を見せるために走っていた。
こんな未来があって欲しい。
こんな穏やかさを願っている。
楽しいものにたくさん触れられて、自由に日の当たる大通りを歩いて。
好きな人が隣にいて、その子と一緒に笑っている。

戦って、手に入れたかったものは、ただの日常だった。

「……」

君にひどく溶かされている。
それは、もしかしたら堕落というのかもしれない。
山盛りの砂糖を溶かしたような、暖かい手中の中でいつまでも解けている。
そこの心地がいいから解けている。

自分に甘い言葉を囁いてくれて。

自分に綺麗でしかない綺麗事をつぶやいてくれて。

自分に、浸るような夢を見せてくれる。

それは確かに堕落なのかもしれない。
聞いてて耳障りのいい言葉の方がいつだって聴き心地がいいからそれを取る。
君の言葉は心地よかった。

優しくて、柔らかくて。
祝福の夢を見て。

どうしようもなく救われている。




「 …」
「きみの優しいところに惚れている」

「きみの強いところに1番惚れている」

「…君が君を好きでいられるように、俺もなんだって手伝う」

「君に好きになってもらえるような自分が正しいんだって、ちゃんと思えるようになった俺だから」

「…おれ、」

「俺、は、やっぱり、誰かが喜ぶために、走るのが、好きだ」

「誰かの幸福を、願って、いたい」

「信じたい人を信じて、信じたい言葉を信じて、疑わず真っ直ぐに、それが良くなるように、走っていたい」

「それが、俺らしい俺だと思うし」

「俺が、俺らしくあれる、好きな自分なんだと、思う」


「………」


「そうやって、また駆け出すための足をくれたのは、きみだ」

「君の一生懸命なところが好き」
「きみの、俺なんかにずっと尽くしてくれるところが好き」

「きみの、笑った、顔が、好き」

ポツポツ、と呟いていた。
君に聞こえないから。
君に聞こえないように呟いて。
呟き続けると、目の奥が、ツンと熱くなる。

ひどく熱を持っている。

君が諦めなかったからここにいて。
きみがたくさん好きを伝えてくれたから、立ち直れて。
君が一緒に夢を見てくれたから、あの時の自分が少しだけ、救われている。
走ってきてよかったのだと、肯定ができる。


大きい愛をたくさんくれるおんなのこ。


ありがとうと、愛してる。
伝えようとすると、たまに嗚咽が混じるから。





100にもならない短い時間。
大好きな君にどれだけの残しものができるかな。
どうやったって先に行く命だ。
自分の好きな場所を見つけて、そこに手を繋いで引っ張っていきたい。
なんてことはなく、君と会話をしていたい。
物を増やして、好きなものを共有したい。
美味しいもの、たくさん食べにいこう。味は結構長い間覚えてられるから。
写真もたくさん撮ろうか。
手紙をたくさん残そうか。
声もたくさん残そうかな。
やり残しがないように、がむしゃらに務めることは得意なことだ。

そうして、君が1人で寂しくないように。

誰も幸せにできなかった分、今度こそ、本当に大切な子を幸せにしたいのだ。
いなくなっても、君が泣いて毎日を過ごさないように。
隣の居場所に、昔、誰かがいたよと言うように。
愛情深い君だから。きっと苦しむのかもしれないけれど。
ああ、この人と会えてしあわせだったなって、たくさん思えるように。

100年を超えたずっと先まで。楽しかったで塗りつぶすように。


「アプヤヤ、」

「ぷや、」


指を離して、顔を見つめて。

目から雫を、静かに落として、微笑を浮かべている。


「好きだ、好きだよ」


「きみの毎日が、素敵なものであるように」

「これまで悲しいこと、辛いことが重なったのが反転するくらいの、楽しい日であるように」
.
「そうあるように、俺が頑張る」

「俺も、俺を選んでくれたことを後悔させないし、幸せをたくさんあげる」



「だからさ」







「──たくさん、たくさん笑っててくれよ」



晴れの日も、雨の日も。
この空は、ずっと鮮やかに染まっている。
それを全部抱きしめて、最後まで走っていく。
君の手をとって、つないで、笑って、引っ張って。


日々を。











──きみと一緒に、本物の虹を見に行こう。
美しくて、優しい、輝きを見に行こう。




──それが、夢の話だ。





そうして、一度は幕を閉じる。

明日も、明後日も、その次も。





スフェーンは、光を浴びて輝いている。