RECORD

Eno.127 Vecens Pulcargeの記録

◆行動01

惑星リ・ヴァース、中央大陸セント・ヴァース北方地域パラガシーゼ地方。
この地域は人魔緩衝地帯と呼ばれる、言わば魔物と人間の居住の境目である。
北方大陸は完全に魔物の土地となっている中、
人間への侵略の為に中央大陸に南下して来た魔物たちがこの地域には居着いて居た。
この地域で大きな戦争をしているという訳では無いが、
魔物の影響力が強く人が無闇に街や村を出る事が出来ないような地域であり、
この辺りに点在する街村は境会──創壁神の信徒たちの力の強い地域であった。


──その地域にある魔城都市ノーリンという街は、人世でも有名な魔物の街であった。
城主たる吸血鬼の目撃情報は近くの人の街でもあり、
その残忍さと凶悪さはある程度の尾ヒレを加味しても悪名高い。
なんせ彼は夜な夜な女子供を攫い、それを城に連れ帰っては監禁し、
いたぶりながらも生き長らえさせつつ血を啜るのだと言う。



────その城の中。白と黒を基調とした豪奢な面会室で、深紅のソファへと豪快に座った吸血鬼が、
怪訝な顔でその男と対面した。


「……で。邪教の司祭が何の用だ?」


「貴殿が“この世界”の情報を握っていると聞いてな」



城主──吸血鬼ヴァンパイアロードのマルジャス・ディ・コンラヴァリアは、
対面の男──ヴェセンス・パルカージの言に、その異色の双眸を細める。
“前の周回”には無かったはずの展開に、
マルジャスは半ば確信めいた感情を抱きながら、言葉を続けた。


「へえ、一体誰がそんな話を」


「異世界の神、と言えば伝わるか?」


「…………嗚呼、」



ヴェセンスの言葉に、マルジャスは記憶を探る様な沈黙を少し。

──マルジャスという吸血鬼は、“この世界”──“箱庭”の理を知る者である。
即ちこの“箱庭”が創壁神の手により繰り返されている事を知っている者だった。
“箱庭”に致命を与えてないが故に彼は前の週の記憶を持ち合わせて居るが、
如何せんそれを完全に覚えている、とは言い難い。

薄霧の向こうの記憶を手繰れば、確かに。
猫を通して異世界の神と接触した記憶はある。
あれは確か“巻き戻り”の起こる直前の事だったか。

「……創壁神に干渉したという神が居たな」


「かの神が貴殿の事を話していてな。
 此の世界の“巻き戻り”に抗う手段があるのなら、教えて欲しい」


「……あん?」



マルジャスは思わず素っ頓狂な声を上げた。
理を知る者は──この世界が“勇者”と“魔王”の物語だと知る者の多くは、
その怒りを創壁神や壁そのものへ向けるものだ。
実際マルジャスはそうして“修正”されて理解を取り上げられた者を幾度も見て来ており、
故に、この男もまた“神そのもの”をどうにかする手段を訊ねに来たものだと思っていた、のだが。

「創壁神を俺達の手でどうかするのは不可能だろう」


「まあ……そうだな」


「であれば、“巻き戻り”そのものへの対抗策を考えるのが良いだろう。
 記憶が保持出来るのであれば、次の周に前週の記憶が活かせると思うのだが」



ヴェセンス曰く、多くの人間が“巻き戻り”を知覚する事が叶えば、
“シナリオ”を正しく進めるだけの下地が揃わなくなるのでは無いか、との事だ。
──創壁神に手を加えられないのであれば、
その“シナリオ”に手を加えるしかないだろう、と。

マルジャスはその美しい相好の眉を顰めて、ふるりと首を横に振る。

「……俺も確実に記憶を引き継ぐ方法を知ってるワケじゃねぇ。
 何も動きを起こさずシナリオに従ってるから見逃されてるだけさ。

 そもそもこの世界の仕組みなんてモンを大人数に教える事が難しい。
 俺とて何度か試みているが──失敗している」



マルジャスもまた理を知る者を増やそうとはしていたのだが、その試みは常に失敗していた。
──どれだけ知識を持ちうる者であっても、この世界の理を正しく理解する事が出来ない。
それは彼が早くのうちに得ていた結論であった。

その言葉を前に、ふむ、とヴェセンスは一度思考を纏めるよう唇を閉ざす。
ひとたびの沈黙の時間。後、口を開くのは司祭であった。
自らが理を理解したプロセスを考え、──それを他の者にも促せないかを考え。
そのために、取れる手を考えて。




「──移住、と言うのはどうだ」


「…………」



マルジャスは、すぐ否定しようとした言葉を飲み込んだ。
移住──それはかの青の神も挙げたことのある言葉だ。
ただしあれは世界の全ての人間をという方向の言葉であったため、また違う話ではあるだろう。
シナリオが破綻する以上、即座の巻き戻りが否めない。

ただ、……“巻き戻り”を免れた事例がひとつ生まれている。
“巻き戻り”を逃れた──シアーナ・ラナスの存在が、僅かな可能性を感じさせるのだ。
“シナリオ”が破綻しなければ、あるいは代役が存在していれば、免れる事が出来るのではないか、と。
──とはいえ、異世界に行っただけでは免れる事が出来ない事は承知していた。
フラウィウスに置いたままだった猫が何事もなく引き戻されていたのがその証左であった。


「……規模次第だろうな」


「俺たち涙清教──“邪教”の現状の支川92名。
 その全てを異世界に移住させる」


「……もっと少なくは出来ねぇか?流石にその数が抜けるのは影響が大きいだろ」


「基幹要員に絞るならば、15名程度にはなるが……
 可能なら全員を連れて行きたい」


「シナリオを改変するだけならそれだけで良いだろうよ。なんでまた全員なんて」



マルジャスの言に、ふ、とヴェセンスは息を吐く。
それはまるで笑うような音で、静かな声が呟くように漏らした。

「……仲間に死の運命など辿らせるものでは無かろう」


「ハッ、……そりゃァ、同感だな」



──移住しなかった信徒達が、次なる“邪教”に取り込まれない道理は無い。
ヴェセンス・パルカージは此の世界をどうにかする以上に、仲間を護りたかった。
この男は、“邪教が必ず負ける運命”から仲間を護るための方法として、その案を挙げたに過ぎない。

その結果この世界の停滞を壊す事が出来るのなら、それに越した事は無い。

「……“巻き戻し”に遭わない方法と移住先の検討が必要ッてトコだろうな」


「異世界の者達を当たってみるとする」


「あとは──移住に同意ができるか、だな。
 この“箱庭”のヤツらに異世界への移住なんて考えらんねェだろうからよ」



……この世界には“シナリオ”がある。
故に、それを破綻させない為に、誰もが“この世界から離れよう”とは思わないようになっていた。
考えれば考える程課題は多い、が、

「上手く説得するしかないだろうよ」


「やるしかねェって事か。
 ……ま、やるだけやってみるしかねェな」



転機であると、マルジャスは感じられた。
──この世界を壊す時が、来たのかもしれない。