RECORD

Eno.127 Vecens Pulcargeの記録

◆行動02

──中央大陸某所。

「移住先の当て、出来たぞ」


「おぉ……なんだ、話が早いなぁ」



ヴェセンスは帰還しては早々、旧友へとそう言葉を掛ける。
声を掛けられた男──教祖たるクランベル・エルスィーは、やや驚きの色を浮かべながら、
こちらへと歩み寄ってくる旧友を見遣りながら、首を傾ぐ。
なんせ移住の話が挙げられたのは最近のこと。
支川達には通告済みであるが、当然ながら急な上に突拍子もない話だ。
本気なのか、そんな事が出来るのか、何故そんな事を、と
誰もが困惑している中にも関わらず、外堀をしっかり埋めて行っている。

「シアーナの作った交友関係のお陰か話がスムーズでな。
 異世界の神達が随分と協力的なのよ」


「ほぉーん、そりゃあシアーナとやらには感謝しねぇとなぁ。
 …………しっかし」



ふう、と火も着いてないパイプを手持ち無沙汰に回しては、
クランベルは少し虚空を見遣る。

「移住、な。どれだけ出来るもんかねぇ」


「そればかりは、お前の腕の見せ所だろう」


「分かってるさ。けれど、俺もまだ戸惑いが隠せねぇのよ」



“箱庭”の者として、それは当たり前の反応ではあった。
“シナリオ”で縛られた存在である以上、そこから逸脱する事には強い抵抗感が伴うものだ。
クランベルは長いこと、ル・ティアーにより“理”について知らされては居たが
それでも尚、この地を離れると言う事が受け入れ難く思っていた。

故郷を捨てる行為、否、家を、拠り所を捨てるような行為に思えてしまうことを
クランベルは知覚しており、……それは多くの支川がそうであった。

「……ル・ティアー様はなんと?」


「嗚呼、おひいさまは歓迎していたさ。
 外の世界に行けるのなら行って欲しい、と」


「……どう伝えたものか悩ましいな」



伝え方一つ間違えればそれは──“お前たちは要らない”と響いてもおかしくは無い言葉だ。
この世に、人々に、変化を齎すために世界に刃向かおうと思って集まった者達の意志は強い。
然しそれが、危うさを孕んでいる事を二人は承知していた。
水源の言葉は、停滞に浸された世を変えるために強行的な手段を選んだ同志たちの、
思想の根底や前提に問い掛けるものになりかねない。

思考するような暇が少し。
──そんななか、ふ、と水の気配が漂った。

『──クランベル。ああヴェセンスもいたのね』


「おっと、どうしたおひいさま」


『愛し子達に伝えて欲しいのだけど──』



「…………、?」



 ──精霊と人間とは、位相が異なる。
 彼らは上位の種族として在り、正しく言葉を聴くのは難しい──と。

魔術学校ですらそう伝えていて、事実今までも正しく聴くことも出来なかった声が聴こえた。
清らかな澄んだ声が響くようで、
ヴェセンスは、一瞬ぽかんと水の気配へと目を遣った。
──理由は、僅かに思い浮かぶ。

「?どうしたヴェセンス、変な顔して」


「…………嗚呼。なあクランベル。
 キシマ・ザルバはいつから居ない?」


「おん?なんだ急に。キシマなら──……」


「…………移住の話のすぐ後から」


「…………」



「…………なぁるほどな、アイツ。
 俺たちが使えないと分かったから他所に行ったか」


『!』『アレには気を付けろと、ずっと言って──』


「あれ、そうだったかぁ?…………ははぁん」


「大人しく使われてると思ってたが、ろくな事して無かったんだな、アイツ」



ヴェセンスが問いの真意を告げる前に、
腑に落ちたよにクランベルが苦笑した。

キシマ・ザルバ───
その男は、涙清教に興味を持ちやって来た魔物の一人だった。
膨大な魔力であらゆる魔法を使いこなし、それは長距離転送や異世界転送すらも可能としていて、
「今はまだ何もしない」などと宣って居たから使っていたが──

──彼らは知り得ない。
キシマ・ザルバという者の存在こそが、
“邪教”という役割を確定する因子であったという事を。


それは道化師と呼ばれる魔物種であった。
傍観の大魔リラ・テラーにより遣わされた存在であり、
彼らは『物語』を創り、その中で打ち倒される敵になる事に、命の理由を持っていた。
──彼こそが“邪教排除サブクエスト”のボスキャラクターだった。


「……アイツが急に居なくなって転移関係が面倒にはなったが、ま、これでトントンか」


「まあ……そうだな。水源が意志を直接伝える事が出来るので有れば──」


「……此の無理もまた、叶うのやも知れない」



この企みが成功するかは、まだ分からないが
今が好機なのは間違い無い。
ここで失敗すれば──次の機会は無いのやも知れない。

その為には“巻き戻り”に伴う“引き戻し”への確実な対応方法を得なければならないだろう。
八色の地の神の事に思考を馳せて。ヴェセンスは一先ず──目の前の事を片付ける。

「……我らが大いなる水源、ル・ティアー。
 是非、支川達へと──その流れを促して貰いたい」



その御言葉によれば、もしかすると、と。
投げ掛けた言葉への応えは清らかであった。