RECORD
Eno.127 Vecens Pulcargeの記録

清水の大精霊ル・ティアーが支川たちへと声を掛けた事で、移住希望者は89人にまで膨れ上がった。
異世界への移動など、本能的にこの“箱庭”のもの達は忌避するもの───だが


──支川たちというのは大いなる水源の祝福を賜わった者たちである。
意志を認められ与えられるその祝福は、……悪く言えば、洗脳すらも可能にする、
その事をこの司祭と司教は知っていた。
長く続くものでは無いが、躊躇いの背を押すには十分すぎる力である。
──と、彼らは認識しているが、実際の所は少し違う。
水源たる精霊に人々の意志を統一するような力はない。
それは──契約者たる司教の持つ力だ。
クランベル・エルスィーが何者なのかを知るものは居ない。その本人すら。
あまり使いたくない手段だったが、……必要な事だろうと黒白の男たちは頷き合った。


クランベルの言葉に、ヴェセンスは珍しく逡巡する。
問いの意味が分からない訳では無い。
──灰の神からの提案を呑むべきか否か。
実利を取れば呑む他無くはあるのだが、ヴェセンスには迷いがあった。
それは、強大なものの手を掴むからだけでは無い。
灰の神の提案とは──契約であった。
灰雷の裁定の神たるかの者との契約は、魂を縛るもの。
己が神の契約で縛られる事は当然であるが、
その契約の力を借りれば──麾下の者たちの魂を縛れるのだと。
奪う者に裁きの雷を落とし、なんびとにも奪わせないのだと。
──即ちそれは、“箱庭”からの“引き戻し”に対抗出来る手段であった。
それは、箱庭の“巻き戻し”による魂の引き戻しを拒絶する方法であった。


世界に、空白を無くす恒常性があるなら──居なくなった者を居ないものとするなら。
空白が広がれば広がるほど、世界にひずみは生まれよう。
──そこで生まれるヒビは、どれほど世界を壊すのだろうか。

ヴェセンスは珍しく、旧友の前で弱音を吐いた。
自らの行いが正しいか否かは常に問い続けて来た。
納得の上で進んでは居るが、此度は、その影響を与えるだろう範囲を思うと
流石に恐ろしさを感じるものだ。
……移住が成功する算段が着き、その結果がこの手に委ねられたが故、尚更。


*
そうして、涙清教の彼らは八色の地の土を踏む。
一時の安寧の時間。彼らは各々の流れに合わせて各地へと向かうのだろう。
──事が進むのは、次の“引き戻し”の後。
勇者か魔王が死に、箱庭世界が“巻き戻る”その時だ。
◆行動03

「いやぁ、流石おひいさまだ」
清水の大精霊ル・ティアーが支川たちへと声を掛けた事で、移住希望者は89人にまで膨れ上がった。
異世界への移動など、本能的にこの“箱庭”のもの達は忌避するもの───だが

「水源の御力、という事か」

「恐らくなぁ」
──支川たちというのは大いなる水源の祝福を賜わった者たちである。
意志を認められ与えられるその祝福は、……悪く言えば、洗脳すらも可能にする、
その事をこの司祭と司教は知っていた。
長く続くものでは無いが、躊躇いの背を押すには十分すぎる力である。
──と、彼らは認識しているが、実際の所は少し違う。
水源たる精霊に人々の意志を統一するような力はない。
それは──契約者たる司教の持つ力だ。
クランベル・エルスィーが何者なのかを知るものは居ない。その本人すら。
あまり使いたくない手段だったが、……必要な事だろうと黒白の男たちは頷き合った。

「──それで、どうすんだい?」

「……」
クランベルの言葉に、ヴェセンスは珍しく逡巡する。
問いの意味が分からない訳では無い。
──灰の神からの提案を呑むべきか否か。
実利を取れば呑む他無くはあるのだが、ヴェセンスには迷いがあった。
それは、強大なものの手を掴むからだけでは無い。
灰の神の提案とは──契約であった。
灰雷の裁定の神たるかの者との契約は、魂を縛るもの。
己が神の契約で縛られる事は当然であるが、
その契約の力を借りれば──麾下の者たちの魂を縛れるのだと。
奪う者に裁きの雷を落とし、なんびとにも奪わせないのだと。
──即ちそれは、“箱庭”からの“引き戻し”に対抗出来る手段であった。
それは、箱庭の“巻き戻し”による魂の引き戻しを拒絶する方法であった。

「お前が俺達の為を想ってくれているのはずっと分かってらぁ」

「……この世界から脱する事を、一番に考えねばならない。
二度と俺達が弄ばれないためにも、この世界に動きを齎す為にも」
世界に、空白を無くす恒常性があるなら──居なくなった者を居ないものとするなら。
空白が広がれば広がるほど、世界にひずみは生まれよう。
──そこで生まれるヒビは、どれほど世界を壊すのだろうか。

「……ふと、恐ろしくなる」
ヴェセンスは珍しく、旧友の前で弱音を吐いた。
自らの行いが正しいか否かは常に問い続けて来た。
納得の上で進んでは居るが、此度は、その影響を与えるだろう範囲を思うと
流石に恐ろしさを感じるものだ。
……移住が成功する算段が着き、その結果がこの手に委ねられたが故、尚更。

「なるようにしかならねぇさぁ」

「……どうなろうと、囚われ続けるよかマシだろよ」
*
そうして、涙清教の彼らは八色の地の土を踏む。
一時の安寧の時間。彼らは各々の流れに合わせて各地へと向かうのだろう。
──事が進むのは、次の“引き戻し”の後。
勇者か魔王が死に、箱庭世界が“巻き戻る”その時だ。