RECORD

Eno.38 エヴラール・ラギエの記録

Report_02 グローブ

 

「貴方は人より随分と感覚が鋭いのですね」 


 そう言われたのは、主の元へ来て数ヶ月が経った頃。
 朝日の眩しさにようやく慣れ、料理の味の豊かさには未だ戸惑い、
 雑踏に紛れればあらゆる感覚が堰を切って溢れ身動きが取れなくなっていて──
 それでいて、ようやく新しい言葉で話せるようになってきた頃。
 

「感情を顕にするのが不得意なのも、きっと受け取るので精一杯だからなのでしょう」 


 大きな手で頬を撫でられる。初めの頃に感じた、ビリビリとした痛みに似た感覚はない。
 自分が慣れたのかもしれないし、主がより一層気を遣ってくれるようになったのかもしれない。
 どちらなのかを判断するだけの力は当時の自分にはなかった。

「これを渡しておきます。小さくはないはずですが──」 


 手渡されたのは、子供の小さな手には到底不釣り合いな革の手袋グローブだった。


「──なるべく薄手で、触覚を妨げ過ぎないものを仕立ててもらいました。
 手袋自体に慣れれば、食器に触れるのも本を捲るのもいくらか楽になるはずです。 
 それに……貴方の指先・・は少し目立ちますから、隠すのにもちょうどいいでしょう。

 ……きつくなり始めたら言いなさい、新しいものを用意しますからね」 
 


 あまりに上質そうな戴き物をまじまじと眺めていると、主は鈴を転がすような声で笑った。
 その声に顔を上げれば、笑みをこらえながらも手を通すのを促すように頷いたのだった。

 指の股にまでまとわりつく不思議な感触は、革が体温で温まるにつれ解けるように遠のいていった。
 まるで手が一回り大きくなったようで、嬉しかったのを覚えている。
 昔は──今でもそうだが、少しでも早く主に追いつきたかったのだ。

「無理をする必要はありませんから、不快に感じたらすぐに外しなさい」 


 なんと返事をしたのかは、今となっては覚えていない。
 記憶にあるのは、ただただ嬉しくて寝る時もつけたままで過ごして、翌朝小言を言われたことだけだ。


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「……時間ですか」



 どれだけ仕立ての良い手袋も、成長期と不慮の破損には耐えることができず、
 結局何度も新調することにはなってしまったが。

「……始めましょう」



 今でも、闘技の場に於いてグローブは大切な体の一部・・・・として、役に立っているのだった。