RECORD

Eno.34 シャルティオの記録

【0-9 想いを裏切らない為にも】


【0-9 想いを裏切らない為にも】

  ◇

 変わっていく世界、変わっていく周辺。
 長兄に反抗したその日から、
 女王フォルーシアはシャルティオのことを、
 出来損ないの第三王子のことを無視出来なくなっていた。

──その日。眠るシャルティオの部屋のドアの鍵を、
 こっそり開ける音がした。

「…………」

 音に、もぞ、とシャルティオは動く。
 最近は寝る時も一緒に居てくれるキィランが、
 何か用事で出掛けたのかな。

 シャルティオの部屋の鍵を
 外から開けられる人物なんてそうそういない。
 だから彼は、キィランが外に出たと思っ──

──目の前にはシャルティオとよく似た白い髪。
 水色の瞳に殺意を帯びて。
 爆発的な光の魔力が、
 シャルティオを本気で殺そうとしている。


 そのひとは、と思考する暇もあらばこそ。
 陰から飛び出した茶色の流星が、
 白の女王に体当たりしたのだ。

「……いくら女王陛下と言えど、
 あるじから託された大切な子を害すことを、
 私は許しませんよ」


 絶対零度の声は、傍らのキィランから発せられた。
 え、と驚いて身を起こすシャルティオの寝ていたベッドの前、
 庇うようにキィランが立っている。

 シャルティオを殺そうとしていた人物──
 フォルーシア・アンディルーヴ女王が、
 そんなキィランとシャルティオを睨み付けていた。
 彼女の息は荒く、どこか傷を負っているようだった。

「……キィラン・リリィス。
 どうして私の邪魔をするの」
「先程の言葉が聞こえませんでしたか、女王陛下?
 シャルティオ様は、私の守るべき対象でございますので」
「かぁ、さ、」

 シャルティオは混乱している。
 まだ、事態が呑み込めなかった。

 母が自分を本気で殺そうとして、それをキィランが防いだ。
 理解した、理解したけれど、
 湧き上がるのは疑問と深い哀しみと。

「かあさん、どうして、ぼく、を」


 どうして?

 出来損ないでもそれでも僕はちゃんと頑張ってきたのだし、
 良い子にしてきたでしょう?
 なのにどうして、殺そうなん、て。

 貴方にこそ認められたいのに愛されたいのに、
 そんな殺意を向けられてしまったのなら、僕は。

「…………は、は。
 なら教えてあげるわよ、
 シャルティオ。私の失敗作」


 髪を乱し、息を切らし、
 魔導王国の偉大なる女王が、言うのだ。

「……おまえが弱いうちは、
 私は見逃してあげてたわ。
 でも最近のおまえ、
 ずいぶんと好き勝手しているじゃないの」


 シャルティオを檻から出して
 最上階の部屋に移したのは、貴方の決定なのに?

「おまえのことを、フォーリンは怖がっているわ。
 未来の王のことを思うなら、
 おまえみたいな出来損ないの不穏分子、
 早めに消しておくべきだと思ったのよ」


 おまえは出来損ないだと罵るシャルティオを、
 産んだのは貴方なのに?

 フラウィウスでの日々を経て確かに変わったこのシャルティオは、
 彼女たちには脅威に映った。

「……おまえは秘されるべき存在。
 そしておまえの毒魔法程度、私の光魔法でどうとでも出来るわ。
 絶対に殺せると、アンディルーヴ王家の恥晒しを葬り去れると
 ……思っていたのに……ね……」


 女王の水色の瞳は、冷たい目をしたキィランを睨み付けている。

「忘れていたわ……。
 キィラン・リリィス、おまえ、
 破術師だったわね……」


「私の魔法はその為にこそございます。
 私がいる限り、シャルティオ様には
 指一本触れさせませんとも」


 キィランがフェンドリーゼと共に旅立たず
 シャルティオの傍らに残ったのは、
 フェンドリーゼがこの未来を予期していたから。

 フェンドリーゼ・アンディルーヴは
 明るく自分勝手なだけの馬鹿な王子では、ないのだ。

 キィランの魔法破壊の力なら、
 どんな強い魔法でも無効化出来る。
 彼の破術師の力は、この魔導王国に於ける切り札だ。

「お引き取り願います、女王陛下。
 そしてもう二度と、シャル様と関わらないで頂きたい」
「それは無理な相談ね。
 ……これからも私はおまえを殺しに行くわ、
 シャルティオ・アンディルーヴ」

 先に言っておくけれど、と、
 水色の瞳が冷たくシャルティオを睨み付けた。

「私はこれからも、
 おまえを認めることも、おまえを愛することも、
 決してないから」


 それじゃあ、と。
 少しよろめきながらも、女王は部屋を出て行った。

「…………」

 シャルティオは、呆然としていた。

「…………おかぁ、さ、」


 シャルティオは、放心していた。

 この親から愛されていないことは分かっていた。
 けれどこの親からこそ愛されたくて認められたくて、
 これまでさんざん努力してきたのに。

 突き付けられた現実は。

「なら、ぼくの、これまで、は」


「……シャル様」


 そんなシャルティオに、
 キィランが寄り添おうとしたけれど。

「うるさいっ!」

 シャルティオは従者を跳ね除ける。

「キィルはさ、最初からこうなることを予想してたんだろ!
 僕の努力は無意味なんだって、
 どう足掻いてもこの渇望が癒えることはないんだ……って……!」

 ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
 体液すらも毒になるその体質により、
 零れ落ちる雫は空気に触れれば肌を灼く猛毒になる。

 シャルティオの頬に赤い傷が刻まれていく。
 痛い。それでもこの感情を止められなくて。

「キィルは……笑ってたの……?
 無意味な努力を重ねてた僕は……
 おかしいだろ……滑稽だろ……なぁ!」
「……それでもその努力は、
 シャル様だけのものに御座いますよ」

 キィランがハンカチを取り出して、
 シャルティオの涙を拭う。
 ハンカチがボロボロになるけれど、
 そんなの彼は気にしない。

「報われなくとも、母親から愛されなくとも。
 それでも、シャル様が積み重ねてきたこれまでの日々は、
 無駄ではないと私は思います」
「僕の……願いは……叶わない……のに……?」

「シャル様」


 キィランが両手で、
 シャルティオの頬を挟むようにした。

「思い出してください。
 ──シャル様は本当に、
 これまで誰にも愛されず、
 認められなかったとお思いですか?


「…………ッ、それ、は」


 違う、と心が叫んでいる。
 次兄フェンドリーゼは愛してくれた。
 フラウィウスで出会ったみんなも、
 自分の頑張りを認めて褒め称えてくれた。

 確かにこの母親からはそんな素敵なものは貰っていないけれど、
 視点を広げて、これまでに思いを馳せれば──

「自分を愛さない母親のことなぞ、捨て置いてよろしい。
 シャル様が見るべきは、
 自分を大切にしてくれた人たちの方でしょう。
 それで自分を否定してしまうということは、
 そんな周りの人たちを否定するも同義ですよ」

 キィランの青と黄金のツートーンが、
 シャルティオの、片方しかない青を
 射抜くように見つめている。

「──シャル様は、リオ様やナノ様、
 ノア様やサーニャ様やソラ様、
 酒場の皆様を、嘘つきだと言いたいのですか?」


「違う!!!!!」



 思わず、大きな声が出た。

 幾らキィランと言えど、
 フラウィウスで出会った大切な人たちを
 嘘つき呼ばわりするのは許せない。

 それだけ素晴らしい絆があったことを、
 強く強く思い出す。

「……なればこそ。
 シャル様はもっと自分を誇っても良いのですよ、
 あの方たちの想いを裏切らない為にも」


「…………うん」


 あの母親に本気で殺されかけた心の傷は残ったけれど、
 少しは落ち着けた。気付けば涙も止まっていた。
 そんなシャルティオの隣に、キィランが寄り添っている。

「今日はもうお疲れでしょう。
 ゆっくりお休みになられて、
 その後のことは起きてから考えましょう。
 ……大丈夫ですよ、この私、
 キィラン・リリィスがお側におりますからね」
「…………きーる」

 ベッドの中に戻りながら、
 シャルティオはちいさな手を伸ばした。

「……寝るまで、手、握っててくれる?」
「私で良ければ」

 にこ、と微笑み、キィランが
 手袋嵌めた手でシャルティオの手を掴む。
 確かに感じる温もりが、
 恐怖や絶望を少しは和らげてくれる、気がした。

「おやすみ……な……さ……」
「おやすみなさいませ、シャル様」

 優しい声がする。
 安心して、シャルティオはそのまま眠りに落ちた。

  ◇

 次の日から、王宮は少し殺伐とした雰囲気になった。

 最上階の部屋。王宮内は自由に歩き回れるけれど、
 外へ出ることは許されない。
 いつの間にかいなくなっていた次兄は
 何処をほっつき歩いているやら、まるで帰る気配がない。

 ただ、たまに母とすれ違えば、
 冷たい殺意だけを向けられた。
 そのたびに身も心も竦んでしまうけれど、
 キィランがちゃんと守ってくれた。

 少しずつ、それでも確かに、
 シャルティオの日常は変化しつつあるのだった。