RECORD

Eno.34 シャルティオの記録

【0-10 その覚悟は本物か?】


【0-10 その覚悟は本物か?】

──視点:フェンドリーゼ

  ◇

 12月の21日。ひとりきりのバースデー。

「ハッピーバースデー、トゥーミー♪」


 フェンドリーゼはひとり、口ずさんだ。
 彼の小さな歌声を、冬の風が攫っていった。

 魔導王国の国境を抜ければ、
 その先は獣人たちの楽園、シエンル王国だ。
 今はもう帝国に侵略されて活気を失っているシエンルの奥、
 西の方に彼の目的地である帝政アルドフェックがある。

 一般的には帝国と呼ばれるその国は、
 周りの国々を侵略し、
 大きな戦争を引き起こしている原因だ。

 そんなところへ王子なんて立場のある己が行くのは
 リスクがあると分かっている。
 けれどどうしても行かねばならぬ理由がある。
 だから。

「…………ちゃんと変装、
 出来てるかなぁ」


 フェンドリーゼは、
 凍った水たまりに己の姿を映してみた。

 いつもの鮮やかな緑髪は黒っぽく染め上げられ、
 鮮やかなオッドアイのうち
 青色の方に眼帯をつけ、服装も変えた。
 これならばそう簡単には見抜かれないと踏んでいる。

 「フェンドリーゼ」の特徴は
 その髪と目と、強い強い風魔法。
 これから潜入する帝国では極力魔法を使わず、
 双剣だけで切り抜けると決めて。

 活気のなくなったシエンル王国を、
 顔を伏せて足早に歩いていく。
 戦争が何とか終わったのなら、
 復興するであろうこの国に、また寄ってみたいな。

  ◇

 シエンルを抜けて帝国へ。
 シエンルは既に帝国の属国となって
 それなりに経っているだけあってか、警備は緩めだ。
 簡単に関所を抜けて……

「…………問題は、この先なんだよなぁ」

 フェンドリーゼは、ぼやいた。

 彼が苦労してまで会いたい人間は、
 通常ならば王宮にいる。
 たまに城下街に来ることもあるらしいから、
 会うのを狙うのはそのタイミングか。

 城下街に潜んで機を伺うようになってからしばらく。
 1月の中旬の頃、彼は目的の人物を見つけた。

「……でね、アルザ、それでね、お父様ったら酷いのよ」
「はいはい、また、いつもの愚痴かよ?
 俺だから聞いてあげるけどさー」

 金髪に赤紫の眼の女の子と、
 赤髪緑眼の男の子が会話している。
 フェンドリーゼはそのふたりの前に現れ、声を掛けた。

「あー……と。ちょっといいかい?
 俺に用があるのは女の子の方なんだけどさ……」


 ふたりの顔に警戒心が走る。

「……何? ナンパ? 見たところ、あなた、余所者よね。
 私が何者なのか、分かった上で話し掛けてる?」
「……彼女に手を出すなら、容赦しないぜ」

 少女を守るよう、少年が立つ。
 フェンドリーゼは敵意がないことを示すよう両手を挙げた。

「分かっておりますよ、カサンドラ姫。
 ……俺ははるばる魔導王国から来た者でしてね」


 声をひそめる。
 風の魔法を張る。
 声を最低限の範囲に閉じ込めるようにする。

 魔導王国の人間が本来、
 こんな場所帝国の城下街にいてはならないことぐらい
 向こうも理解出来ているだろう。
 あえて明かしたのは、重要な話があると伝える為だ。

 少女──帝政アルドフェック第二王女、
 カサンドラ・アルドフェック
は警戒を緩めない。

「……それで。魔導王国から帝国の姫に、何の用なの。
 返答次第では、警備員に引き渡して牢獄行きよ」

「……俺は、あんたの覚悟を問いに来た」


 声をさらに低くする。

「往来でするような話でもない、
 ちょっと外れたところで話そうぜ?
 姫様を知らない男とふたりきりにするのが不安なら、
 そこの少年も一緒で良いぜ」

 フェンドリーゼは2人を誘うように手をひらひら、
 勝手に裏路地がありそうな方へと歩き出す。
 ふたりはついてくるか?

「…………怪しいけど、私、気になるわ」
「カサンドラが行くなら、俺もついていくよ」

 会話があって、足音ふたつ。

  ◇

 さて、見つけた裏路地方面。
 風魔法で、一帯に防音結界を張る。
 その様子をカサンドラと少年が見ていた。

 さて、とフェンドリーゼは口を開く。

「その前に軽く自己紹介。
 俺の名はリィズ・リィン。
 魔導王国の王宮魔導士のひとりだ、属性は風」


 さらりさらりと口から出る嘘。
 流石に王子と名乗る訳には行かないから、
 王宮魔導士ということにした。

 王宮魔導士ひとりひとりを、
 まさか他国の姫君が知っているとは思えない。
 騙るには都合の良い役職だ。

「俺は風の噂から、
 カサンドラ・アルドフェック、
 あんたが覇王に逆らおうとしていることを知っている」


「だけどさ……なぁ、カサンドラ姫。
 あんな偉大なる覇王に対抗出来ると、
 あんた、本気で思ってんのか?」


 帝国の王、“覇王”ニコラス・アルドフェックは
 あまりにも強大な存在だ。
 戦神に愛されたとか戦神に憑かれたとか
 そんな噂のある覇王。

 彼自身の持つ武力が高いのは勿論、
 彼の放つカリスマに惹かれ、
 彼の元には数多の勇将智将が揃っている。

 そんな覇王にこのカサンドラが
 対抗しようとしているという噂を聞いたものだから、
 フェンドリーゼはその覚悟を問いに来たのだった。
 己の成し遂げたい計画の為にも。

 少女の赤紫の瞳が、
 真っ直ぐにフェンドリーゼの青緑を見上げている。
 そこに確かに迷いはあれど、
 一本、筋の通ったものが光っていた。

「──思っているわ」


 凛、と声が、冬の裏路地を揺らす。

「……戦争で全てを解決しようとしている
 お父様は間違ってる、間違っているの。
 それで北大陸を統一したところで、
 そんなの、誰も笑顔になれないわよ」


 だから、と彼女は胸に手を当てる。
 ざわ、と何かの気配がする。
 彼女の周囲、赤、青、黄色の光が浮かび上がる。
 カサンドラ・アルドフェックは精霊使いであった。

「だから私が止めるの。
 身内の恥は身内が濯ぐわ。
 私が動いて、お父様を討つのよ、
 私しか適任はいないのよ」


「そ の 覚 悟 は 本 物 か ?」


「──本物に、決まっているじゃない」


 流石は、覇王の娘。
 意志は視線は揺らがない。
 そうか、とフェンドリーゼは笑った。

「……なら、良い。
 生半可な覚悟で騒いでるだけの
 お子様じゃなくて何よりだぜ」


「私の覚悟は本物よ。
 絶対に、絶対にお父様を倒すんだから。
 今も陰で動いてるし、周りも協力してくれているのよ」


「分かった、分かったって。
 ……冬が終わって春になったら、
 きっと魔導王国も動くぜ。
 お互い、生きてたらまた会おう」


 俺の用事はそれだけだ、
 じゃあなと去ろうとした直前、
 呟きのよな声ひとつ落とした。

「やぁ、大層な覚悟背負ったお姫様じゃねぇの。
 でもよ、気を張りすぎて自壊はしてくれるなよ?
 リィズはあんたに期待している」


「……何様のつもりなのよね、
 ただの王宮魔導士風情が、一国のお姫様にさ」


 ふん、とちょっと不機嫌そうな
 カサンドラに手を振って、防音の魔法を解いて、
 フェンドリーゼはいなくなった。

 用事はそれだけ。
 敵国の叛逆者に接触をした。
 それがこれからどう出るかは……
 全ては運命の女神様の導き次第、だ。