RECORD
Eno.7 の記録
我々の教会に神は存在しない。
便宜上は神父や修道女として名乗り、また呼ばれているがその実態は聖職者よりも祈禱師と呼ぶ方が正確だと思われる。
神の存在は観測されず、その権威や権能は行使されず、人々は何も賜るものがない。
その上で架空と言って過言ではない"神"の存在へ信仰を委ねるのは、力こそが利権を握る環境においては後ろ向きすぎて自殺行為。
だから、祈りの奇跡を引き起こす聖なるおとめが信仰されるのも
その存在を食い繋げるために自我の無い肉の器を用意して魂を保管するに至ったのも、致し方の無い事だった。
公には、聖女というモノは襲名制であるとしか公表されていない。
さて。では聖女というモノが幾ら都市およびその面々に対して有益だからと言って、
それ以外の修道者の全てがそのバックアップが為に養殖されているのかと言われればそれは否でもある。
彼の者の胤と祈りに寄る力は、我々にも受け継がれているからだ。
簡単に言ってしまえば生来。天分による力量差はあれど皆、祈りの力である"聖力"は使えるという話。
無論、それが強ければ重鎮にも就きやすくなるし強大とも言える力を持った女性ならば、晴れて姓だけではなくmellと付く名前を賜る事が出来る。
一般にこれは光栄な事であるとされているが、その実は聖女に肉の器を渡す為の結び付けであり橋渡しの一環だ。
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そう。それ故に、祈りというものは我々とは切って離せない関係にあった。
けれども面倒な事にそれら祈りは無限に行使の出来るほど便利極まった力ではない。
嘗て、嘗て教会を作るに至る所以となった聖女の死因とは過労死――であり、心労が祟ったものだと。
あの秘蔵書庫には記されていた。
聖なるかな
我々の教会に神は存在しない。
便宜上は神父や修道女として名乗り、また呼ばれているがその実態は聖職者よりも祈禱師と呼ぶ方が正確だと思われる。
神の存在は観測されず、その権威や権能は行使されず、人々は何も賜るものがない。
その上で架空と言って過言ではない"神"の存在へ信仰を委ねるのは、力こそが利権を握る環境においては後ろ向きすぎて自殺行為。
だから、祈りの奇跡を引き起こす聖なるおとめが信仰されるのも
その存在を食い繋げるために自我の無い肉の器を用意して魂を保管するに至ったのも、致し方の無い事だった。
公には、聖女というモノは襲名制であるとしか公表されていない。
さて。では聖女というモノが幾ら都市およびその面々に対して有益だからと言って、
それ以外の修道者の全てがそのバックアップが為に養殖されているのかと言われればそれは否でもある。
彼の者の胤と祈りに寄る力は、我々にも受け継がれているからだ。
簡単に言ってしまえば生来。天分による力量差はあれど皆、祈りの力である"聖力"は使えるという話。
無論、それが強ければ重鎮にも就きやすくなるし強大とも言える力を持った女性ならば、晴れて姓だけではなくmellと付く名前を賜る事が出来る。
一般にこれは光栄な事であるとされているが、その実は聖女に肉の器を渡す為の結び付けであり橋渡しの一環だ。
"無闇な欲求は控え手の届く者に救いの手を差し伸べなさい"
"手と手を取り痛みよりも恵みを与える者になりなさい"
"否定をし道を異とする者にもまた救いがあると知りなさい"
"祈りとは奇跡の貸与だけに無い事を胸に刻みなさい"
"確かな救いを信じなさい"
"祈れ、祈れ"
"祈祷こそ我らのレーゾンデートル"
そう。それ故に、祈りというものは我々とは切って離せない関係にあった。
けれども面倒な事にそれら祈りは無限に行使の出来るほど便利極まった力ではない。
嘗て、嘗て教会を作るに至る所以となった聖女の死因とは過労死――であり、心労が祟ったものだと。
あの秘蔵書庫には記されていた。