RECORD

Eno.172 紫陽花の記録

枯死

「満点の星様、水面揺蕩う波様、地面に揃う砂粒様、無人の満員御礼誠に感謝致します。
 前座も居なけりゃ真打ちも居やしない。居るのは立て板に掛けた水で育った無い舌を回す紫陽花のみ、どうぞ最後まで御聴きなすって下さればもうワタクシの望むものは有りませぬ。
 さて時は何時頃か、フラウィウス外れの郊外に与太郎が居りました。根無し草と言う奴で闘技どころか仕事にすら無縁、雨風当たらぬ場所探し一人ひっそり暮らして居りました。
 在る日の丑の刻、バーン!と花火でも打ち上がったよな音が与太郎の寝る木の洞迄響き渡る。
 ええい何事かと外に出て音の鳴った方に向かえば何やら穴が出来ていやがる、ははんこいつが音の鳴って出来たもんだと分かりゃあやることは一つ。
 恐れもせずに首を突っ込む与太郎、キョロキョロと見渡せど月が雲に隠れて中なんて見えやしない。仕方ねぇかと諦めて首を上げようとしてガッ!と掴まれる。
 いきなり首根っこ掴まれたもんだから与太郎はそりゃ酷く暴れ回る、んでもって不安定なとこで暴れりゃ落っこちるのと当然なもんで。
 いてて酷ぇ目に遭ったもんだと目を擦る与太郎、そん時丁度月が雲間から顔出して穴を照らす、そん中に居たのは紫陽花頭の人間だった。
 正体見たり枯れ尾花と申せど、正体が化物だったらどうしようもねぇ。夢見心地の与太郎は阿保みたいに落ち着いてじっとそいつを見据える。
 紫陽花頭も負けちゃ居ねぇ、花を向けて来やがるから負けじと目ん玉かっぴらいて見続ける。
 何の何のと互いにじっと見続け半刻は経とうとしたところにいやぁ参った参った!と与太郎が根を上げた。
 こりゃあ敵わんあんたさん名前は?と紫陽花頭に聞いたら無いって返される。そりゃいけねぇなら俺が付けてやるって考えてまた半刻。
 うーんと唸って出た名前は口が無ぇから梔子と紫陽花だから四葩を合わせて梔葩しはってのはどうだい?と提案した。
 この紫陽花頭は偉いこと気に入って与太郎の手を握ってぶんぶん振り回す。止せやい照れるぜと言ったとこでいつの間にか夜が白む。
 あー上がらにゃと与太郎が呟きゃ紫陽花頭が腰を掴んでぶん投げる。ぶおんと唸りを上げて穴から出てくる様はさながら蝉の如く。
 尻を強かにぶつけた与太郎が礼を言えば紫陽花頭は見返りに人の集まる場所を教えろと言う。
 んなもん闘技場以外ねぇよと場所も一緒に答えれば紫陽花頭は跳び上がって貴方は殺さないでおきましょうと言って消えたらしい。
 何故かって?そりゃあねぇもん同士で気が合ったに違いない。
 …此れにて仕舞いで御座います」

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海の浜に首と中身の無い死体と枯れた紫陽花が転がっていたらしい。

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木や草が完全に枯れること。