RECORD

Eno.306 スオジィエの記録

昔噺1

其の世界は不安定なままに生まれた。

大地は揺れては割れ、山は火を噴き、水は溢れ、数多が生まれては壊れ崩れていく。
無窮と紛うほどのときが過ぎた後に生じた其れらは、或る種の機構であった。

其れは火を喰い、全てを溶かす岩漿を宥めた。
其れは穹に吠え、全てを吹き払う嵐を宥めた。
其れは水に潜み、全てを流し洗う河を宥めた。

其れらは一つでは到底荒れ狂う世界を抑えきれず、複数が生み出された。
そうしてようやく世界は安寧を得た。

その機構こそが龍である。

然しながら龍は己が何者であるか、遍く知らぬ儘に唯在った。
何ら問題は無く、然在った。





一匹の龍は水に遊んでいた。
龍は言葉を持たず、思考を持たず、雲の流れるを見た。
水流を踏み、水泡を見た。
草の生えるを見た。
森の満ちるを見た。
唯、見た。

龍は思考も無く、漂っていた。
在るが儘に水の溢れるを抑え、永劫を過ごしていた。

而して、龍の目に映る程に大きさのある生物が生まれ始めた。
龍は視界を忙しなく動くものに疲れ、其れらから逃げるように高い山に登った。

それからも龍は在るが儘に過ごしていた。
龍は何もしない。何もせずとも良い。
微睡んでいても唯在れば、河は宥められる。

万事、問題は無かった。