RECORD

Eno.516 マリウスの記録

微睡みの抱擁2

予め洗面台の横に敷いておいたタオルの上でころころと水気を取った。

ころころと左右に転がる度に先程飲んだ水が体の内側でちゃぷちゃぷと小さく波打つ音がする。

頭に付いた手の内側は湿気やすいので入念に拭うと、跳ねながら机の上によじ登る。

多少の高さから落ちたところで怪我をするような身体でもないが、思わぬ角度に跳ねると隙間に詰まる可能性がある。それは避けたいので少しは気にして登る。

そうして机の上までやってくると、ティッシュの上に乗っている昨日の余りのナッツを一粒口に含んでもぐつかせながら、ティッシュを横に除けて身の丈程の小さな手記を引っ張り出す。

手記を開いてペンを握ると、そこへぐりぐりと文字を書きつける。




「みゅ」


すこしだけ似ていたぷにぷにをメモの横に添えて描く。細かいものを描くのは難しいので本当に、形だけ。

『にた いる お なじい ない』


わるい事をしたから、今度はレモネードの方を奢ろうとレモンの絵も付け足した。




「ぷみ」


今度は美味しいお酒と肉の味を思い出してじゅるりと涎を垂らしながら

『さけ か わらず おいし い』


飲みの席というのはどんな世界でも楽しいものである。共に飲み歌うものがいるならば尚さらにだ。

まぁ、おっさん呼ばわりされるのはいただけないが。




「みぎゅ…」


みみずの這ったような字にぎゅっと目を潜めて

『りょう て もつ も てない』


辛うじてあるこの手のようなものも、自由に扱うにはまだまだ練度が足りない。
こうして練習も兼ねて文字を書くが、一向に上手くなる気配はない。




『も つと きた え る』


けれども、やらなければならない。



『きたえ るしない と いけ な い』


ぷにゃぷにゃと小さな泣き声を上げ、手記にはぽろぽろとこぼれ落ちた涙がにじむ。
こんな事で泣きたくもないのに涙が出る。
赤子のような声が零れる。
身体は言うことをきかずいやいやと丸まっていく。



あの日、あの時から。

自分自身は何も変わってない、変わってないはすだ。

なのに、出来ないことばかりが増えていた。