RECORD
Eno.3 マイリーの記録
悪霊は目の前にいる一人の闘技者の問いに答える。
『怒っていたが、まだここに居る事が分かってそれも少しは収まった。
……ただ、いつか本当にそうなってしまうかもしれないからな』
悪霊は戦闘には向いていない。
いくらこの地で何度も少女と共に戦い、知識を得たとしても
元々戦闘とは縁遠い世界から訪れた悪霊には物量を以ってしか、
闘技者たちと渡り合う事が出来ないと理解している。
『御嬢! おもちゃを使え! ペルシルと一緒に居たいなら
いつもの所と、そうではない所で、おもちゃを使って遊び続けるしかない!』

悪霊は少女に悪を吹き込み、不幸だらけの幸せを選んだ。
傍に落ちてある包丁をくわえ、悪霊は一人の闘技者を睨みつける。

少女が声を張り上げると、悪霊の口から包丁が落ちる。
悪霊は驚きを隠しきれないといった表情を見せた。
何故なら、悪霊はその言葉に従う意思が無かったにも関わらず、
体の自由を失い武器を落とす結果となっていたからだ。
「マイリー、おこってないよ?
ガスにペルシルがいなくなっちゃうっていわれて、さがしてただけ……
マイリーはおはなしをしにきたの。いっしょにいてって、おねがいをしにきたの」
悪霊は今までずっと勘違いをしていた。
少女の力に強制力は無く、いつだって抗えるモノで、
悪霊の言う事には耳を貸し、いつだってその力を振るってくれるモノだと。
「マイリー、しってるよ? マイリーの手、ぜんぜんなおらなかったから。
いつもの所じゃないと、いたいのも、ケガもなおらないって。
それだと、あそんだあとに、たのしかったねーってできないと思うから。
マイリー、おもちゃであそばないよ?」
少女はいつだって他者には“お願い”をしていた。
人であろうと、霊であろうと関係なく。断れる選択肢を残していた。
それはそういう力であったという訳では無く、少女の意志であった。
少女は自分の欲しいモノの為ならば、自分が傷つく事を許容する。
試合後に互いの傷が治り、笑い合えていたから戦う事を許容する。
だが、そうではないと理解した時、少女は武器を手にする事を否定した。
その様子を見て、一人の闘技者は武器にかけていた手を下ろし、少女の大好きな人に戻った。
少女の前まで歩み寄り、いつも通りに呑気な雰囲気で目線を合わせ、
もしかして、すごーく心配かけた? そう普段通りに話した。
少女は目を合わせると、真っ赤な瞳を涙で滲ませながら頷き、再び目を合わせる。
「…………こわかった」
少女と悪霊を困った様子で交互に見ながら、
彼女は書き置きを残した事で大丈夫だと思っていたと謝罪を口にする。
普段と変わらない様子に悪霊も落ち着きを取り戻し始め、
机の上にあったモノは別れを意味するモノでは無いのかと問いかけた。
彼女は首を横に振り、真っ直ぐに悪霊を見た後、少女の手を取った。
「一緒にいようか、マイリー。
ここを出て、お花たくさんのところでおうちを買おう」
「外に出るやつ、マイリーがプレゼントしてくれるって
言ってたでしょ? だからあれはマイリーのぶん」
少女と悪霊は驚いて目を丸くする。
少女はずっと待っていた答えを聞く事が出来たから。
悪霊はその日が来るのは遥か先だと、その手段を得る事は難しいと思っていたから。
「ほ、ほんと? マイリー、おそとでペルシルといっしょにおうち買うの?」
「マイリー……おそとにでるの。ペルシルにプレゼントしていいの?」
少女はもう一度確認するように問う。
そして、彼女はそれに答えた。
「うん。――ほんとはさ、ちょっと不安だったんだけどさ」
「でも、私、どこ行ってもたのしいこと
見つけられるみたいだから」
「なんとかなるかなって思ったんだ」
「そんなんで良ければさ、いっしょに行こうよ」
彼女はそう言って笑顔を見せ、少女と目を合わせた。
少女の胸は幸せでいっぱいになり、涙となって溢れる。
溢れて、止まらず。少女はわんわんと泣き始めた。
周りにあった重圧は、少女が泣き始めると同時に薄れていき、次第に消えて無くなった。
涙で前が見えなくなった少女は、大好きな人がそこに居る事を
確かめる為に小さく両手を広げながらゆっくりと前に歩き始めた。

彼女は伸ばされた手を取り、少女がよたよたと歩く姿を見守り、
胸元までくれば覆いかぶさるようにして抱きしめた。
少女もそれに応えるように小さくか細い手で抱きしめる。
彼女は、ごめんねと口にしながら小さな頭を撫でた。
ぬくもりに包まれると涙の勢いは増し、嗚咽まじりに泣き出した。
少女はこの地で戦う理由をぬくもりの中で失った。
多くの者に自分の存在を認めて欲しかったわけではなく、
孤立して寂しかった時に、こうしてくれる人が一人居てくれるだけで良かったから。
兄や姉のような存在から無償の愛が欲しかっただけだから。
悪霊はその光景を見て、理解する。
これ以上、この体は誤魔化しが効かない。
――満たされていく。幸せで満ち満ちていく。
悪霊は伝えるべき事がまだ残っている。
伝えなくてもどうせ満たされるのならば、
残された時間でそれを伝えようと悪霊は決めた。
『……ひどい事言ってごめんなペルシル。
ひどい事しようとして本当にごめん。
無茶な願いを聞いて貰う為に、迷惑をかけてごめん』
悪霊の体は徐々に光の粒子へと変わっていく。

最期の言葉を言い切る少し前、悪霊は満たされる事に耐え切れず、
光となってこの世界から霧散した。
その日、一人の闘技者がただの寂しがり屋の女の子へと変わり、
可視化出来る悪霊は、誰にも見えないモノへと成長し、消えて行った。
夜に響くラムネの音 3 -fin-
悪霊は目の前にいる一人の闘技者の問いに答える。
『怒っていたが、まだここに居る事が分かってそれも少しは収まった。
……ただ、いつか本当にそうなってしまうかもしれないからな』
悪霊は戦闘には向いていない。
いくらこの地で何度も少女と共に戦い、知識を得たとしても
元々戦闘とは縁遠い世界から訪れた悪霊には物量を以ってしか、
闘技者たちと渡り合う事が出来ないと理解している。
『御嬢! おもちゃを使え! ペルシルと一緒に居たいなら
いつもの所と、そうではない所で、おもちゃを使って遊び続けるしかない!』
御嬢の望みを叶える為に、御嬢の手で望みを叶えてみせろ!
悪霊は少女に悪を吹き込み、不幸だらけの幸せを選んだ。
傍に落ちてある包丁をくわえ、悪霊は一人の闘技者を睨みつける。
やめてガス!
少女が声を張り上げると、悪霊の口から包丁が落ちる。
悪霊は驚きを隠しきれないといった表情を見せた。
何故なら、悪霊はその言葉に従う意思が無かったにも関わらず、
体の自由を失い武器を落とす結果となっていたからだ。
「マイリー、おこってないよ?
ガスにペルシルがいなくなっちゃうっていわれて、さがしてただけ……
マイリーはおはなしをしにきたの。いっしょにいてって、おねがいをしにきたの」
悪霊は今までずっと勘違いをしていた。
少女の力に強制力は無く、いつだって抗えるモノで、
悪霊の言う事には耳を貸し、いつだってその力を振るってくれるモノだと。
「マイリー、しってるよ? マイリーの手、ぜんぜんなおらなかったから。
いつもの所じゃないと、いたいのも、ケガもなおらないって。
それだと、あそんだあとに、たのしかったねーってできないと思うから。
マイリー、おもちゃであそばないよ?」
少女はいつだって他者には“お願い”をしていた。
人であろうと、霊であろうと関係なく。断れる選択肢を残していた。
それはそういう力であったという訳では無く、少女の意志であった。
少女は自分の欲しいモノの為ならば、自分が傷つく事を許容する。
試合後に互いの傷が治り、笑い合えていたから戦う事を許容する。
だが、そうではないと理解した時、少女は武器を手にする事を否定した。
その様子を見て、一人の闘技者は武器にかけていた手を下ろし、少女の大好きな人に戻った。
少女の前まで歩み寄り、いつも通りに呑気な雰囲気で目線を合わせ、
もしかして、すごーく心配かけた? そう普段通りに話した。
少女は目を合わせると、真っ赤な瞳を涙で滲ませながら頷き、再び目を合わせる。
「…………こわかった」
少女と悪霊を困った様子で交互に見ながら、
彼女は書き置きを残した事で大丈夫だと思っていたと謝罪を口にする。
普段と変わらない様子に悪霊も落ち着きを取り戻し始め、
机の上にあったモノは別れを意味するモノでは無いのかと問いかけた。
彼女は首を横に振り、真っ直ぐに悪霊を見た後、少女の手を取った。
「一緒にいようか、マイリー。
ここを出て、お花たくさんのところでおうちを買おう」
「外に出るやつ、マイリーがプレゼントしてくれるって
言ってたでしょ? だからあれはマイリーのぶん」
少女と悪霊は驚いて目を丸くする。
少女はずっと待っていた答えを聞く事が出来たから。
悪霊はその日が来るのは遥か先だと、その手段を得る事は難しいと思っていたから。
「ほ、ほんと? マイリー、おそとでペルシルといっしょにおうち買うの?」
「マイリー……おそとにでるの。ペルシルにプレゼントしていいの?」
少女はもう一度確認するように問う。
そして、彼女はそれに答えた。
「うん。――ほんとはさ、ちょっと不安だったんだけどさ」
「でも、私、どこ行ってもたのしいこと
見つけられるみたいだから」
「なんとかなるかなって思ったんだ」
「そんなんで良ければさ、いっしょに行こうよ」
彼女はそう言って笑顔を見せ、少女と目を合わせた。
少女の胸は幸せでいっぱいになり、涙となって溢れる。
溢れて、止まらず。少女はわんわんと泣き始めた。
周りにあった重圧は、少女が泣き始めると同時に薄れていき、次第に消えて無くなった。
涙で前が見えなくなった少女は、大好きな人がそこに居る事を
確かめる為に小さく両手を広げながらゆっくりと前に歩き始めた。
彼女は伸ばされた手を取り、少女がよたよたと歩く姿を見守り、
胸元までくれば覆いかぶさるようにして抱きしめた。
少女もそれに応えるように小さくか細い手で抱きしめる。
彼女は、ごめんねと口にしながら小さな頭を撫でた。
ぬくもりに包まれると涙の勢いは増し、嗚咽まじりに泣き出した。
少女はこの地で戦う理由をぬくもりの中で失った。
多くの者に自分の存在を認めて欲しかったわけではなく、
孤立して寂しかった時に、こうしてくれる人が一人居てくれるだけで良かったから。
兄や姉のような存在から無償の愛が欲しかっただけだから。
悪霊はその光景を見て、理解する。
これ以上、この体は誤魔化しが効かない。
――満たされていく。幸せで満ち満ちていく。
悪霊は伝えるべき事がまだ残っている。
伝えなくてもどうせ満たされるのならば、
残された時間でそれを伝えようと悪霊は決めた。
『……ひどい事言ってごめんなペルシル。
ひどい事しようとして本当にごめん。
無茶な願いを聞いて貰う為に、迷惑をかけてごめん』
悪霊の体は徐々に光の粒子へと変わっていく。
御嬢とペルシル。二人の幸せを……心の底から願ってい
最期の言葉を言い切る少し前、悪霊は満たされる事に耐え切れず、
光となってこの世界から霧散した。
その日、一人の闘技者がただの寂しがり屋の女の子へと変わり、
可視化出来る悪霊は、誰にも見えないモノへと成長し、消えて行った。