RECORD

Eno.126 キャノスの記録

龍と魔女の会話

飢餓の中で龍の死骸の肉を食んだ人間は強靭な肉体と異形の器官を手に入れた。
翼持つ者たちの領域である空へ到達するための翼を手に入れ、
宝石でできた角と鱗を手に入れ、
──石の心臓を手に入れた。

翼を手に入れた人間は逆に、時間経過とともに重くなっていく体に蝕まれた。
終いには全身が石となり、湖の底に沈んでしまうらしい。



魔女
「……らしいけれど、心当たりはあるかしら?」




「…………」



「…………?」



魔女
「無さそうね」




「屍肉を喰まれた経験は、ない。」



「故に恐らく、それは私では、ない。
 別の、私の同胞だろう」



魔女
「まあ、そうでしょうね。
 あなたは眠っていただけなのだから」


魔女
「でも、心臓が石で出来ているのはあなたも同じでしょう?」




「うむ」



「私が、始祖である。ゆえに、龍はみな、石の心臓を持つ」



魔女
「じゃあ、最後は湖に沈むのもあなたの眠りがルーツなのかしら」




「それは、違う」



「私が沈んだのは、あくまで忘れ去られたから」



「私の加護が、もう人間たちに必要なくなったから」



「石の心臓は、人間には重すぎた。それだけの話、だろう」



魔女
「翼も尾も、角だって人間には重いと思うのだけど」




「重さだけでは、ない」



「"龍を食んだ"という罪の意識が、龍の心臓を重くする」



「龍の心臓は、龍のものだ。
 龍は、屍肉を食むことも、喰まれることも、気にしない。
 "罪悪感"が、他の種族に対して薄い」



「龍は、もともと、与えるもの、ゆえに。
 喰まれた同胞も、そんなことで呪いなどかけぬ。
 人間だって、蚊に吸われた程度で蚊を呪ったりしない、だろう。
 けれど、信仰対象である龍を食べることは、
 人間にとって、罪と感じること、だった」



魔女
「罪の意識があると心臓が重くなるの?」




「お前と、同じ。
 龍は、"人間の想像力"と"畏れ"によって、存在している」



「──そう信じれば、"そう"なる」



「喰まれた龍と同じ結末を、喰んだ人間自身が、望んだのだろう。
 それが、子孫まで、呪いとして繋がっている。それだけのこと」



魔女
「そう。……なんだか、暗い話ね」




「そうか。私は、悪いことばかりではない、と思うが」



「血は薄まっている。それはつまり、彼らは未だに
 人間と関わり続けている」



「孤独ではあれなかった、のだろう。
 彼らは、愛を捨てることは、できなかった。
 ……その結果、龍にはない変化を、彼らは手に入れた」



魔女
「何かしら、それ」




宝石いしの心臓だ」



「異形である自分を受け入れ、許し。
 人間に受け入れられ、愛され。
 ……その甘やかな痛みが、石の心臓を変えた」



「異種族と交わらない、龍には、できなかったことだ」



魔女
「愛が成した奇跡ってこと?
 陳腐な話じゃない?」




「おまえにだって、覚えがあること、だろう」



魔女
「──あら、知ったような口」




「……いつか、龍の心臓を持つ人間も、消えるだろう」



「恵みをもたらす龍も、人喰い魔女も、皆等しく、
 忘れられれば消える」



「それでも、もしかしたら。
 新たに形を変えて、存在し続けるのかも、しれない。
 私も、おまえも」



魔女
「──ふぅん」


魔女
「じゃああなたのその立派な宝石の角も、真っ白な翼も
 "愛された"賜物なのかしら」


魔女
「……それとも、あなたも誰かを愛したの?」




「…………」



「……ぐう」



魔女
「都合よく寝るのね、あなた……」



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宝石いしの心臓は、発見されることはありません。
煌めくほどの喜びを、彼らは自分の内に隠すのです。
石に変わって沈んだ体を壊しても、中から宝石は出てきません。
愛を失った瞬間に心臓は煌めきを失ってしまうのです。
それでも確かにその煌めきは受け継がれてゆきます。

──龍族の末裔、さいごのひとり。
母親が死に際に人里へ逃した彼女はその角の輝きから藍晶石kyaniteの名前を賜りました。
人に触れ、罪を学び、愛に触れた彼女の心臓はその名の通り煌めいています。

そしてきっと、それは次にも受け継がれてゆくのでしょう。