RECORD
Eno.111 片角のリニカの記録
食料が足りない、という状況になれば、
自分がどうなるかはわかった。
忌まれて、代わりも幾らでもいるような自分は、きっと一番目。
別に、それでもいいかもしれない。
私は執着するということを知らなかった。
己の命というものでさえ、掴むことさえ知らなかった。
ただ、一つ……
まだ続きを読んでいない本を、読めなくなることは嫌だった。
読もうと思っていた本が、狩りの後の宴に燃やされていた時、私は明確に嫌だと思った。
それが永遠になるなんて、避けられるのならば避けたい。
私は知っていた。
物語の主人公は二種類いる。
何かの外部的な切欠で、物語を始める者。
それと関係なく、己で自発的に物語を始める者。
折角なら、なってみてもいいのかも知れない。
やらないよりは、やってみよう。
この村から、ありったけの食料を持って逃げようか。
その思い付きは、すぐ自分で否定する。
荷物で鈍った子供の足取りは、追うに容易いだろう。
そもそも、食料の管理も厳重になっているだろう。
なら、選択肢は一つ。
物語が教えてくれた、とびきり重要な真実は……
『弱い者でも』『戦い方次第で』『強い相手に勝てること』
木を切って大男を倒し。
鉄の釜の中に魔女を押し込んで。
狼のお腹に石を詰めて、池に落として。
様々な武器を、様々な使い方で。
戦う為の知識は、刃物の扱いは、日々の中で覚えた。
何処に刃を通せば、骨と筋を潜り抜け向こう側まで通るのか。
物語は、知恵と勇気を教えてくれた。
戦うべき相手を倒す、めでたしめでたしへの筋道。
「どうして」という疑問の答えは、その差だったんだろう。運も沢山味方したけれど。
「あんたなんか 生まれた時に殺しておけばよかった」という言葉には、
そうだね、という納得があった。
後悔して死にゆくことになるぐらいなら行動した方がいい。
だから、私もこうしたのだと。
やっぱりこれでよかったんだと。
無事には終わりはしなかった。最後の一人とも、戦い終えた今も。
全身が痛い。片目が見えない。残った目も視界が二重。
息が出来ない。泡が口端から溢れる。ここで眠りたくなる。
けれど。
私は口にした。
解体する余裕もないまま。
手を突っ込んでそのまま口にした。
貪った。
──戦いの後に食べた食事が、一番美味しかった。
それが、人生で初めて感じた、よろこびだった。
角の片方が生えていくことよりも、片目が見えてきたことよりも。
これからも本が読めることよりも、生きているというその事実よりも……
私はその、戦いと、勝ったことと、食事が、嬉しかった。
全てが終わった後になって、どっと感情が吹き上げてきたんだ。
人生で初めて、とびきり嬉しくて、
人生で初めて、笑ったんだった。
色々知ってきた、今となっては、
迂闊に人には、話しちゃいけないよねって、自分でも思う、
……そんな、はじまりの話。
人食い鬼の一族は、そうして滅んだ。
人間の村々に襲撃を掛け、討伐対象というイベントになることもなく。
今は出来損ないが一人。今日も戦い食らっている。
はじまり
食料が足りない、という状況になれば、
自分がどうなるかはわかった。
忌まれて、代わりも幾らでもいるような自分は、きっと一番目。
別に、それでもいいかもしれない。
私は執着するということを知らなかった。
己の命というものでさえ、掴むことさえ知らなかった。
ただ、一つ……
まだ続きを読んでいない本を、読めなくなることは嫌だった。
読もうと思っていた本が、狩りの後の宴に燃やされていた時、私は明確に嫌だと思った。
それが永遠になるなんて、避けられるのならば避けたい。
私は知っていた。
物語の主人公は二種類いる。
何かの外部的な切欠で、物語を始める者。
それと関係なく、己で自発的に物語を始める者。
折角なら、なってみてもいいのかも知れない。
やらないよりは、やってみよう。
この村から、ありったけの食料を持って逃げようか。
その思い付きは、すぐ自分で否定する。
荷物で鈍った子供の足取りは、追うに容易いだろう。
そもそも、食料の管理も厳重になっているだろう。
なら、選択肢は一つ。
物語が教えてくれた、とびきり重要な真実は……
『弱い者でも』『戦い方次第で』『強い相手に勝てること』
木を切って大男を倒し。
鉄の釜の中に魔女を押し込んで。
狼のお腹に石を詰めて、池に落として。
様々な武器を、様々な使い方で。
戦う為の知識は、刃物の扱いは、日々の中で覚えた。
何処に刃を通せば、骨と筋を潜り抜け向こう側まで通るのか。
物語は、知恵と勇気を教えてくれた。
戦うべき相手を倒す、めでたしめでたしへの筋道。
「どうして」という疑問の答えは、その差だったんだろう。運も沢山味方したけれど。
「あんたなんか 生まれた時に殺しておけばよかった」という言葉には、
そうだね、という納得があった。
後悔して死にゆくことになるぐらいなら行動した方がいい。
だから、私もこうしたのだと。
やっぱりこれでよかったんだと。
無事には終わりはしなかった。最後の一人とも、戦い終えた今も。
全身が痛い。片目が見えない。残った目も視界が二重。
息が出来ない。泡が口端から溢れる。ここで眠りたくなる。
けれど。
私は口にした。
解体する余裕もないまま。
手を突っ込んでそのまま口にした。
貪った。
──戦いの後に食べた食事が、一番美味しかった。
それが、人生で初めて感じた、よろこびだった。
角の片方が生えていくことよりも、片目が見えてきたことよりも。
これからも本が読めることよりも、生きているというその事実よりも……
私はその、戦いと、勝ったことと、食事が、嬉しかった。
全てが終わった後になって、どっと感情が吹き上げてきたんだ。
人生で初めて、とびきり嬉しくて、
人生で初めて、笑ったんだった。
色々知ってきた、今となっては、
迂闊に人には、話しちゃいけないよねって、自分でも思う、
……そんな、はじまりの話。
人食い鬼の一族は、そうして滅んだ。
人間の村々に襲撃を掛け、討伐対象というイベントになることもなく。
今は出来損ないが一人。今日も戦い食らっている。