RECORD
Eno.470 ████の記録
物心ついた頃から何かおかしいなとは思っていた。
他人の区別がつけられない。いや、完全につかないわけではないんだが。
たとえば猫を飼っていたとする。真っ白くてフワフワのやつね。
そいつから首輪を外して、全く同じ種類の真っ白くてフワフワの猫100匹の中に紛れ込ませる。
そうすると果たして見分けがつくのか、自分の飼い猫が見つけられるのかって話だ。
もちろん細部まで見ていけば特徴はあるだろう。
この子はちょっと尻尾が短いだとか、この子は他よりキリっとした顔をしているだとか。
でもそれまでだ。次の瞬間に目を離してしまえば、そいつらはまた100匹の猫と同化する。
俺の場合はそんな感じのことが人間でも起こってしまう。
「緊張した時は周囲にいるやつをジャガイモだと思え」って比喩表現があるだろ。
俺はアレが単にデフォルトでそう見えてるってだけなんだ。ジャガイモ畑で毎日暮らしてる。
他人がピクトグラム化するというか、有象無象の一部になるというか。
個々としての「人間」の区別が非常につけづらい。おまけに忘れる。
自分の肉親でさえそうなんだから、他人なんて以ての外だ。
代わりと言っちゃなんだが、人物関連以外の覚える事に関してはかなり得意だった。
一発で「ああこうすれば出来るのか」を実践できる。
逆上がりも自転車も二重飛びもよく考えりゃ一発だったな。
さすがにどうやって立ち上がったのか、赤ん坊の頃の記憶はないんだけど。
多分立ったのも一発だったんだろう。親が度肝を抜いていませんように。
というわけで、俺は人の区別がつけられない。
せっかく特徴を覚えてもすぐに分からなくなる、忘れる。
認識が朧気になるという、まあまあめんどくせえ自覚症状を抱えていた。
これが全部の記憶に対して忘却するのであれば若年性記憶障害ウンタラカンタラだと思うんだが、
俺は日常生活の記憶はちゃっかりしっかり保持していた。
一般常識、教養、時事。
人物に関する情報だけが虫食いのように抜け落ちたまま、しかし記憶としては残る。
アメリカ合衆国の第16代大統領がエイブラハム・リンカーンなのは熟知しているが、
そのことに集中して考え始めると、あの有名な髭モジャの顔の輪郭は歪んでいき、
ついにはリ……誰だっけ。となる。ダメだこりゃ。
マジで頭狂ってんのかと疑いもした。
が、医者も匙を投げてしまったので結局現代医療にこれを治す術はないらしい。残念。
家でも学校でも、毎日全員初対面。
なんとか特徴的な声や髪や顔をその日の内に覚えて、それっぽくやり過ごして。翌日忘れて。
一日を無難にこなすのが、ガキの俺が編み出した処世術。
多少忘れっぽい奴なんだな~、で許容されていたのは助かった。
忘れモノも宿題すっぽかしも無いのに、周囲からの評価は概ねそんなモンだった覚えがある。
その中でもちょっとだけ特異だったのは、「仕事だ」と俺が認識した時にはその制約が外れていること。
どういう理屈なのかさっぱりわからんが、賃金の発生する責務になった瞬間に記憶制限が解除されている。
「仕事」として駄賃を貰う一連の動作の中だけで、初めて親の顔をはっきりと見た。
おつかいが大好きだった。買い物も風呂洗いも掃除も。パシられるのすら嬉しかった。
だって覚えられるから。
……金を貰っちまった瞬間、全部霧散してジャガイモ畑に早変わりしたけど。
認識が重要なのか、タダ働きすると俺の方が「これは仕事じゃない」と思って、その瞬間にはパァになる。
世界から爪弾きにされた人間が唯一他人と交流を持てるのが「仕事」だけだったという、
まあなんとも社畜根性丸だしな身の上話。
そうしてなんやかんやでバイトを5,6個掛け持ちするイカレた高校生活を送っていた頃。
俺はZACに声をかけられた。
アムネシアの回顧録01
物心ついた頃から何かおかしいなとは思っていた。
他人の区別がつけられない。いや、完全につかないわけではないんだが。
たとえば猫を飼っていたとする。真っ白くてフワフワのやつね。
そいつから首輪を外して、全く同じ種類の真っ白くてフワフワの猫100匹の中に紛れ込ませる。
そうすると果たして見分けがつくのか、自分の飼い猫が見つけられるのかって話だ。
もちろん細部まで見ていけば特徴はあるだろう。
この子はちょっと尻尾が短いだとか、この子は他よりキリっとした顔をしているだとか。
でもそれまでだ。次の瞬間に目を離してしまえば、そいつらはまた100匹の猫と同化する。
俺の場合はそんな感じのことが人間でも起こってしまう。
「緊張した時は周囲にいるやつをジャガイモだと思え」って比喩表現があるだろ。
俺はアレが単にデフォルトでそう見えてるってだけなんだ。ジャガイモ畑で毎日暮らしてる。
他人がピクトグラム化するというか、有象無象の一部になるというか。
個々としての「人間」の区別が非常につけづらい。おまけに忘れる。
自分の肉親でさえそうなんだから、他人なんて以ての外だ。
代わりと言っちゃなんだが、人物関連以外の覚える事に関してはかなり得意だった。
一発で「ああこうすれば出来るのか」を実践できる。
逆上がりも自転車も二重飛びもよく考えりゃ一発だったな。
さすがにどうやって立ち上がったのか、赤ん坊の頃の記憶はないんだけど。
多分立ったのも一発だったんだろう。親が度肝を抜いていませんように。
というわけで、俺は人の区別がつけられない。
せっかく特徴を覚えてもすぐに分からなくなる、忘れる。
認識が朧気になるという、まあまあめんどくせえ自覚症状を抱えていた。
これが全部の記憶に対して忘却するのであれば若年性記憶障害ウンタラカンタラだと思うんだが、
俺は日常生活の記憶はちゃっかりしっかり保持していた。
一般常識、教養、時事。
人物に関する情報だけが虫食いのように抜け落ちたまま、しかし記憶としては残る。
アメリカ合衆国の第16代大統領がエイブラハム・リンカーンなのは熟知しているが、
そのことに集中して考え始めると、あの有名な髭モジャの顔の輪郭は歪んでいき、
ついにはリ……誰だっけ。となる。ダメだこりゃ。
マジで頭狂ってんのかと疑いもした。
が、医者も匙を投げてしまったので結局現代医療にこれを治す術はないらしい。残念。
家でも学校でも、毎日全員初対面。
なんとか特徴的な声や髪や顔をその日の内に覚えて、それっぽくやり過ごして。翌日忘れて。
一日を無難にこなすのが、ガキの俺が編み出した処世術。
多少忘れっぽい奴なんだな~、で許容されていたのは助かった。
忘れモノも宿題すっぽかしも無いのに、周囲からの評価は概ねそんなモンだった覚えがある。
その中でもちょっとだけ特異だったのは、「仕事だ」と俺が認識した時にはその制約が外れていること。
どういう理屈なのかさっぱりわからんが、賃金の発生する責務になった瞬間に記憶制限が解除されている。
「仕事」として駄賃を貰う一連の動作の中だけで、初めて親の顔をはっきりと見た。
おつかいが大好きだった。買い物も風呂洗いも掃除も。パシられるのすら嬉しかった。
だって覚えられるから。
……金を貰っちまった瞬間、全部霧散してジャガイモ畑に早変わりしたけど。
認識が重要なのか、タダ働きすると俺の方が「これは仕事じゃない」と思って、その瞬間にはパァになる。
世界から爪弾きにされた人間が唯一他人と交流を持てるのが「仕事」だけだったという、
まあなんとも社畜根性丸だしな身の上話。
そうしてなんやかんやでバイトを5,6個掛け持ちするイカレた高校生活を送っていた頃。
俺はZACに声をかけられた。