RECORD

Eno.61 ジュヘナザートの記録

乾いた喉に甘露を

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ゛ッ、さ」

許しを希う意味はなかった。

「許してください、あたしは何もしてませんから、誰か、誰か……」

助けを求める先はなかった。

「辞めて……」

慈悲を望む必要はなかった。

「……」

軅て押し黙る事が最善であると結論付けた。



そうして余計な思考や自我を圧し続けた期間は長く。
普通に恋焦がれてそれらしい在り方や社会性という物を学んでは表面上の見え方を取り繕った。
心穏やかに虚ろのままでも何でも、ただ平穏に生きることの出来たなら。普通に混じることの出来たなら。

そう、抑え続けていたものだから。
影響と言うのは今になって如実に現れている。

「人の温度とか、優しさとか」


甘くて暖かくて優しいもの。
今まで知り得なかった、当たり前にあるそれら。
沈黙以外の選択肢が増えた事によって、考えなければならない物事も増えていた。


「……」「何ででしたっけねえ」

「……他人から嬲られるよりも、逆になった場合。受けたものや嫌なものを暴力で反した場合、
少しは晴れる何かがあるのかとは思いましたが──どうやらそうでも無いらしい」

「…自分でも、よく分かりません」
「なんか、落ち着かなくて」

「らしくないことしてる自覚はありますよ。それこそ何故って聞かれたら、あたしが聞きたい位」

「……逃げた方が良いですか?」

「……なんか、色々」「思うことあるとは思うんですけど、纏まらなくて」
「何を言ったら良いのかも、正しいのかも分からないし」




持て余す。
取り扱いの分からないものが増える。
無関心と無関与で得ていた凪が、押し留める事であった静寂さが消えていく。
煩雑化した視界と感性と内から湧き出る情動が、煩わしい程にざわざわと。


甘さも、温かさも、永遠では無い事を知っているのに。
慣れてしまえば、知ってしまえば、また別の恐れを呼ぶと知ってはいる。



『社会は中間が一番広いものですから。強いも弱いも、
白も黒も所詮は灰色に属せないというものなのでしょう。
悲しいですね、難しい話です』




……あたしは灰色ではなかった。