RECORD
Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録
田舎の夕暮れ
素朴で質素っていう言葉をオブラートに30枚くらい包んだ貧乏で貧相な村がナルシテの始まりの土地だった。
ナルシテに親はいない。近場の洞窟で産み捨てられていたのを、山菜を取りに来た村の老人が見つけた。
竜人という種はごった返した亜人界隈でも相当な希少種であり、当然ながらそんな村の連中は竜人を見たことがなかった。
故に、ナルシテは最初己を爬虫類人だと思っていた。
田舎に行けば行くほど、亜人差別は酷いものになるが、幸いにしてその村はいわゆるハグレの村であった事からナルシテは簡単に受け入れられた。
ナルシテに両親はいないが、村全体が親のようなものだった。耳長の村長が預かる形で育て、多少一人で身の回りの事ができるようになったら、亡くなった鳥人の老婆の家を下げ渡されてそこに暮らすようになった。
ゆとりのない生活だったが、それなりに穏やかだったように思う。
「ナルス!暇か?遊びに行こう、向こうの裏山のフカフカ獲りにいくんだ」
「暇じゃないよ、嫌だよ遠いよ」
「いいからいくよ!ほら!」
幼馴染の耳長は、ナルシテよりうんと年上の筈なのだけれど、耳長ではナルシテと大体精神年齢的にも社会的にも変わらないらしく、いつだって気軽に手を引いてきた。
イヤな気はしなかったから、大体誘いに乗って、空が赤くなるまで遊んで叱られる事もしょっちゅうだった。お互い、子供ながらに仕事を任されていたのを放棄して遊んだりしてたので、当然と言えば当然と言える。
郷愁の夕暮れ。茜色の空と金を帯びたように輝く草木たち。遠くで働く大人と、夕飯の遠いいい匂い。
手を繋いで、走り回って、下らない冒険を重ねた。
裏山をかけて、川を下り、時には痛い目を見て大人に叱られることだってあった。
「ナルス」
幼馴染の手は自分より真っ白で、骨が細かった。
背は向こうの方が高かったのに、いつのまにかこちらが抜かしていた。
だけれど力関係もあの日の夕暮れも変わらないままだと、永遠のように錯覚していた。
だけれどナルシテは大人になるし、幼馴染はあまり姿の変わらないままだ。
肌の硬さも体格も何もかもが変わったナルシテを見上げるあのほんのり夕焼けを灯したペリドットの瞳を覚えている。
夕焼けばかりが自分達を置き去りに、あの日も美しいままだった。
「あのさ、」
囁かれた言葉に、なんて返したっけ。
遠い田舎の、何十年も前の話だ。
ナルシテが竜人であると広まる、前の話だ。

深夜二時、繰り返し繰り返し、録音機から古い音楽が流れている。
拳に嫌な感触が残っていた。
ナルシテに親はいない。近場の洞窟で産み捨てられていたのを、山菜を取りに来た村の老人が見つけた。
竜人という種はごった返した亜人界隈でも相当な希少種であり、当然ながらそんな村の連中は竜人を見たことがなかった。
故に、ナルシテは最初己を爬虫類人だと思っていた。
田舎に行けば行くほど、亜人差別は酷いものになるが、幸いにしてその村はいわゆるハグレの村であった事からナルシテは簡単に受け入れられた。
ナルシテに両親はいないが、村全体が親のようなものだった。耳長の村長が預かる形で育て、多少一人で身の回りの事ができるようになったら、亡くなった鳥人の老婆の家を下げ渡されてそこに暮らすようになった。
ゆとりのない生活だったが、それなりに穏やかだったように思う。
「ナルス!暇か?遊びに行こう、向こうの裏山のフカフカ獲りにいくんだ」
「暇じゃないよ、嫌だよ遠いよ」
「いいからいくよ!ほら!」
幼馴染の耳長は、ナルシテよりうんと年上の筈なのだけれど、耳長ではナルシテと大体精神年齢的にも社会的にも変わらないらしく、いつだって気軽に手を引いてきた。
イヤな気はしなかったから、大体誘いに乗って、空が赤くなるまで遊んで叱られる事もしょっちゅうだった。お互い、子供ながらに仕事を任されていたのを放棄して遊んだりしてたので、当然と言えば当然と言える。
郷愁の夕暮れ。茜色の空と金を帯びたように輝く草木たち。遠くで働く大人と、夕飯の遠いいい匂い。
手を繋いで、走り回って、下らない冒険を重ねた。
裏山をかけて、川を下り、時には痛い目を見て大人に叱られることだってあった。
「ナルス」
幼馴染の手は自分より真っ白で、骨が細かった。
背は向こうの方が高かったのに、いつのまにかこちらが抜かしていた。
だけれど力関係もあの日の夕暮れも変わらないままだと、永遠のように錯覚していた。
だけれどナルシテは大人になるし、幼馴染はあまり姿の変わらないままだ。
肌の硬さも体格も何もかもが変わったナルシテを見上げるあのほんのり夕焼けを灯したペリドットの瞳を覚えている。
夕焼けばかりが自分達を置き去りに、あの日も美しいままだった。
「あのさ、」
囁かれた言葉に、なんて返したっけ。
遠い田舎の、何十年も前の話だ。
ナルシテが竜人であると広まる、前の話だ。

「……酷い夢」
深夜二時、繰り返し繰り返し、録音機から古い音楽が流れている。
拳に嫌な感触が残っていた。