RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

初恋

ナルシテが竜人ドラゴニュートであるという事を教えたのは、たまたま村に寄った旅医者だった。

村にはまともな医者というものがおらず、町医者は診察代が高いからよっぽどのことがないと向かう事がない。
そもそも被差別種族の多かったあの村を、まともに診れる医者は少なかった。
亜人と言う種族が一気に増えた事で、前の時代で扱っていた医学書類は非常に限定的な種を見るものとなってしまった。只人ヒューマンに近い種ならば、あるいは獣人ライカン達のように獣の特徴が出ている種ならばぎりぎり対応できなくもないが、魔種───、迷宮ダンジョンの魔物達に似た姿の亜人達は、どうあがいてもそれでは太刀打ちができない。
種族がそもそも多い事から研究もまばらな進みをしており、彼らを診れる医者は総じて診察費がべらぼうに高額である。
故に、魔種に近い種族は怪我をした時、医者ではなく僧侶や聖職者を懇意にする。
彼らの信仰によってのみ扱う事の出来る回復魔法だけが、彼らが癒える手段であった。

その旅医者は言ってしまえば、亜人を診れるようになるために医大学での研修で亜人の村周りをしている学生だった。
その研修先に、たまたまナルシテ達がいる村がひっかかったのだ。

ナルシテが竜人ドラゴニュートであることは瞬く間に村に広がり、旅医者もまたナルシテが竜人ドラゴニュートであることを国に報告する必要があるという。
言われている本人からすればわけがわからず、分かったのは自分が爬虫類人レプティリアンではないという事だけ。
そしてみんなの目が変わったことだけだった。

被差別種族ハズレの村。
身もふたもない言い方をすれば、ここは下位種族の村だ。
産み捨てられたナルシテに対して優しかったのも、偏見の目にさらされる事の多い爬虫類人レプティリアンだと思ったから、という事もある。
もちろん、いきなり冷遇をするわけではない。
決して短くない年月を共にしてきたのだ。村は一つの家族のようなものだった。種族がどうであれ、ナルシテは彼らに愛されていたのは事実である。
しかし。
その視線に、愛に、濁りが入ったのも同時に認めなければならない。
それはままならぬ嫉妬であったり、根拠のない嫌悪であったり、飲み込めない憎悪であったりした。
口ぶりも仕草も昔のままなのに、心だけが確かに濁っていたのは事実だった。

ナルシテは、ただ、それだけが悲しかった。

結局三日ほど悩み、村を出る事にした。
たった三日で今まで通りここで過ごすのは無理だとわかったからだ。
旅医者についていき、都市にて竜人の届を出し、国が定めた規定に従って、竜人としての教育を受ける事にした。
そのことを告げたのは幼馴染だけだった。
幼馴染だけがナルシテに向ける心が変わらないままだったから、その気持ちに不義理がないようにと務めようとしたともいう。
幼馴染は、聞いているのか聞いていないのかわからない顔で頷くと、ニッと笑った。

「わかった、じゃあ立派になったらすぐ迎えに来てね」
「……えと」
「待ってるから」

幼馴染の、ジゼルはにこやかにナルシテの手をとった。

「ナルス。僕」

あの時の緑の目を覚えている。

「君が初恋なんだ。ここで腐った大樹耳長のババアになるのはごめんだな。前を向いて、さっさと進んで立派になってくれよ。
振るにしたって、その後さ」

囁く声はほんのちょっぴり震えてて、なんだかとても胸が締め付けられるようで。
その時、ほんの少し泣いてしまった。
今でも忘れがたい、穏やかな記憶だ。

だけれどずっと、君の顔はぐちゃぐちゃにつぶれて見えないんだ。もう。