RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

子供

カルラは炉がひとつしかない竜人ドラゴニュートだった。
竜人ドラゴニュートとしても非常に小柄で、おとなしい性格。控えめで、父によく懐いていた娘だった。
彼女の世話を誰よりも焼いたのは、ジゼルではなくその妹のマルチェラだった。
マルチェラは、活発でロマンチストな姉と比べるとインドア派で現実主義であり、そういう部分がカルラとよく合ったのだと思う。
周囲の反対を押し切って嫁入りする姉が心配だからとついてきたマルチェラとカルラは、本当に仲がよく、マルチェラが幼い容姿をしているのも相まって二人は似ていない姉妹のようだった。
本物の姉であるジゼルは、そのことによく焼きもちを焼いて、ナルシテに「妹を娘にとられたのか、娘に妹をとられたのかわからない」と愚痴っていた。

「ナルス」


「パパ」


「義兄さん」



絵に描いたような、幸せだった。

当時のナルシテは国所属の『特別国家守護騎士竜団サー・ディ・ドラカ』と呼ばれる部隊に所属していた。
たいして騎士も爵位も興味はなかったが、くれるというからただ粛々と受け入れた。
これが竜人を国につなぎとめるための措置であるのは知っていたから、ある種ここで生きて行くには当然の枷だと。
ただのナルスがナルシテ―ト・スラミガル・ビビと名を改めたのもそういった意味がある。
ナルシテを含めた多くの竜人が、竜になれるという事から生まれながらにして多くの義務を背負う事となっている。
戦争への従軍義務。危険度の高い迷宮の踏破。敵性種族の討伐。
どれも只人ヒューマンや並大抵の亜人族であれば多くの流血と犠牲を強いられる戦いに、必要とされて挑んだ。
年単位で帰らない事もあったし、命の危機を感じた事も、生死をさまよった事も何度かある。
それでも彼は帰ってきたし、家族はそんなナルシテを暖かく迎えた。
幸せだった。
何も疑問はなかった。
苦しい時でも家族がいると思えば耐えられた。
いい父であり、いい夫であり、いい家族であったように思う。
客観的にも、主観的にも、ナルシテ達の一家は間違いなく幸福で恵まれた家庭であった。
そんな生活の中カルラは婚約者を連れて、結婚をしたいと言い出した。
カルラが生まれて20年。相当竜人ドラゴニュートの中では早い結婚だと思われたが、相手が只人ヒューマンの男であるのだからそれはもう揉めに揉めた。
長命と短命ではどうしたって時間の軸が合わないのだと言い倒したのだが、頑として曲げない娘と、愛しているのだと後ろ暗い所が何もない所か将来有望な青年に根負けして、ナルシテは二人の結婚を認めることになる。

「ハムスターみたいに寿命が短い生き物に娘をとられた」
と泣くナルシテを、ジゼルとマルチェラは二人して情けがないと頭をどついたのは完全なる余談である。







絵に描いた幸せというものは、あまりにも脆い。
破かれるのは突然だった。ヴェールのように、あまりにも無粋な掌がナルシテの幸福を破り去った。
娘の、結婚前夜の事である。