RECORD

Eno.465 ラガーの記録

交流:師匠と弟子



きっかけはただ、強くなる秘訣を教えてもらおうと思っただけだった。

それから色々話して、「人を楽しく殺す方法」を教わることになって。戦いへの意欲が増すとか向き合い方が変わるといいなと思って彼を師として仰ぐことにした。

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一度目の私闘。
あいつは殺されるって言うのに恍惚とした表情でこっちを見上げてた。
それを見てたらたまらなく腹の奥がじりじりと焼けるような感覚がして俺を苛むの。
憧れとか、羨ましさとかを抱いてたのは分かる。
……今思えばその他にも「怒り」みたいなのも感じていたのかな、羨ましすぎるあまり。怒ったことあまりないからよく分かんないんだけどさ。

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二度目の私闘。
また俺が勝った。やっぱりあいつは笑って、俺においでってろくに動かせない両手を広げようとしてた。
……熱に浮かされたようだった。
戦う時よりも先に気付いちゃったんだよ。
死ぬのが何よりも怖いから生きている間はなるべく満たされたいと思っていたのに。死ぬその時まで満たされてしまったら。

それこそが俺のしあわせだって。

だから欲しがった。だから真似をした。だから受け入れた。
死すらも気持ちいいものになれたなら、俺はもう文句なしの幸福を手に入れたことになるんだって。そう思ってしまったら。
転がり落ちるようだった。
人が楽しんでくれると嬉しい。人が喜んでくれると嬉しい。

だから……だから。
脳が、目の前の幸福に手を伸ばしてしまった。

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眠れなかった。
あの戦いが自分にとって本当に衝撃的だったから、全然集中できなくて。
興奮して落ち着かなかった。ずっと。
それなのに此処じゃ本当のしあわせは手に入らない。
それに、俺は「殺し合いそのものではなく相手に依存した快楽を見出してしまった」から。
アルアのような奴とじゃないと良くなれなくて。アルアとだったら、凄い嬉しくて。
……でも、きっともうあいつと会うことはないんだろうなって思っていたから。



とある日の夜、遊びに行った。手土産片手に。
あいつにはお世話になったから。殺し合いだけじゃなくて、それ以外の時間でも。
アルアにとってなんてことないものだったとしても、俺にとっては凄く嬉しいって思える時間はいっぱいあったんだ。
だから葉巻とシガーケースを渡した。自分で吸う分はさっさと決められたのに、あいつに渡すものってなると決めるのに物凄く時間がかかった。
適当に消費して、使い終わったら適当に捨ててくれて構わなかったのに。旅行に持って行くなんて言うものだから少し戸惑っちゃった。

俺ね、俺が好きだなって思う人たちを一方的に好いて大事にしてるだけでいいんだよ。俺のことはどうでもいい存在として扱ってくれてよかった。
だってロクな生き方をしていないから。俺は人も人の縁も人から貰った物も大切にできないし、いつ死ぬかも分かったものじゃない馬鹿だから。そんな不義理な奴を想ったって仕方ないだろ。だから適当にその日その時一緒に騒ぐ奴くらいに思ってくれるだけでよかったのに。
ちょっと泣きそうになったし、贈ったシガーケースなんてもう直視出来なかった。

それから、肝心の用件。

「巻き戻しにも奪われないような傷が欲しい」。

そうアルアに強請った。
人から貰った物を失くす俺でも手放さずにいられるものが欲しかった。
あいつにもう会えないかもしれないのなら、せめてずっと残り続けてくれる思い出が欲しかった。

あいつはそれを叶えてくれた。
転がり落ちるようにあいつと同じ場所に着いてから、今までの自分だったら絶対受け入れないようなことも受け入れて。やっぱり、嬉しかった。あいつからくれるものがたまらなく嬉しかった。

ただ、中途半端な行いはあいつを気持ちよくさせずに苛んでしまうみたいで。申し訳ないことしたなって思う。
何度も謝られた。必死に己を抑え込んでた。
その様子を見てなんとなく分かったんだよ。体にも脳にも叩き込まれた気持ちいいことよりも、ずっとずっと大切なものをアルアは得たんだって。

"今みたいに空っぽじゃない…もっと、ほんとうにしあわせな、『もう死んでもいい』が、見つかる事もあるんですよ、ラガー…。"

そうしたら案の定、しあわせに関する話をしてくれた。
けれど返ってきたのは俺が気付けたしあわせが空っぽなんだって教えだった。

空っぽってなんだろう。満たされているってなんだろう。ようやくこれが自分のしあわせなんだってはっきり言えるものを知ったばかりの俺じゃ、まだ難しかった。

だって、アルアと話す前はしあわせどころか"欲"すらも分からなかったんだよ。
生き物としての本能的な欲求じゃなくて、俺個人が"欲しい"と思う気持ち。
俺って知らないものが多すぎたんだな。

……閑話休題。
他にもしあわせの形があるってことは、アルア本人が証明した。それなら、俺もいつか見つけられるのかな。
アンタがそう言ってくれるなら本当のしあわせを見つけられるように頑張るからさ。

アンタが俺以外の、大事にしたいことも。
どうでもいい事にしたくないって思うこと全部、これから先きちんと大切にしてくれればいいな。

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中途半端に煽った責任を取ろうと思ったのが一つ。
もう会えなくなるかもしれないと思ったらどうしても最後に戦いたくて、我慢ができなかったというのがもう一つ。

最後の私闘をお願いした。


……ねぇ、アルア。俺ね、フラウィウスに来るまで……ううん、アンタに会うまで今まで戦いを楽しいって思ったことなかったの。
戦いはただ生きる為の手段でしかなくて、それに関する準備とかも勝って生き延びる為に必要なことだったから何の感慨もなく行ってた。

でもね、アンタと私闘をしてから少しずつ変わっていったんだ。
約束の日が待ち遠しかった。戦いまでに出来ることはないかなって沢山そわそわした。鍛錬も今までより力を入れたし、武器の手入れの時間だって楽しかった。

最初に近づいた目的は果たされたようなものなんだ。

それだけでも十分良かったのに、アルアは最期の最後まで一緒に過ごしてくれた。教えてくれた。与えてくれた。
俺と違ってアンタはもう本当の幸せってものを見つけたのだから、俺に付き合う必要なんてきっとなかったのに。

刃を振るうことも、傷を与えることも、傷つけられることも、戦いの時間全てがただひたすらに楽しかった。
結局最後の私闘は負けちゃったから、事実だけ言うなら俺が殺された。

壊されて、壊されて、壊されて、壊されて、壊されて、壊されて。
あんなに長い間俺の中で蝕み続けていた死への恐怖すらも、塗り潰されて、壊された。

何より一番怖くて仕方がなかったものを、アルアは変えてくれた。怖くなくしてくれたんだよ。
アンタ分かってるのかな、自分がしたこと。意外と気にしいで後ろ向きで、自分に自信がないように見えるから……きっとあいつは素直に受け止めるのに時間がかかるかもしれないけれど。


……やっぱり、あの最期は。
俺にとってとびきり大切で、しあわせな時間だったよ。


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アルアは確かに俺を救ってくれた。
からっぽの俺に沢山のものを教えて、贈ってくれた。
俺ね、やっぱりアルアが師匠でよかったって思うんだ。世界中の皆が、アルア自身が否定したとしても。俺だけはそう叫び続けるよ。






アルア・フィフスという人間が、これから出来るだけ多くの幸福で満たされることを願ってる。

そして、俺は同じようにほかの皆だって生きて幸せになってほしいと思うけれど。
アンタだけは唯一、その先……死という物語の終わりすらも、幸福に彩られたものであってほしいなと願い続けているよ。

俺にとって死は己を最も占める存在だから。
それを塗り変えてくれたアルアが、劇薬に塗れた最期ではなく。心から満たされる最期を迎えられるといい。





本当にありがとう。
そして、さよなら。

二度と会えないだろうけど。俺はこの傷ごと、貴方を忘れない。