RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

報復

マルチェラの葬儀を終えて、ようやっと思い至る事があった。

許せないころしてやる

細やかな幸せだった。細々と傍にいて、寄り添いあうようなそれが最悪な形で奪われた。
唯一生きていたマルチェラを救うために開発していた魔法も、彼女の■■で無駄になった。
明日からどう生きて行けばいいか分からなくなったナルシテにとって、その怒りはどんな麻薬よりもたやすく脳を焼いてくれるものだった。
話によれば。
相手はどうやら過激な亜人差別団体アンチ・デミであり。
婿になるはずだった男も、そこの二世であるらしい。狡猾に表でのつながりを隠していたところを見るに、恐らくこの手の事が初めてではない。
探索者をしていたから、今はどこかの迷宮にほとぼりが冷めるまで隠れている気ではないか、とのこと。
本来であれば被害者遺族であるナルシテは事件の捜査には関われない。
それでも情報を聞きだせたのは、ひとえにナルシテに同情する者が騎士団に多く、彼の人脈が広かったことに起因する。
故に、ナルシテは報復に打って出た。
逆鱗に触られて怒り狂う竜として、彼らをただ虐殺しに走った。
自分が栄えある騎士竜の一人であるだとか、そもそもの竜人のしての立場とか、責務であるとかを全て放棄した。真面目な彼にはありえない暴挙をもってして、ただ復讐に命を燃やした。

この世界では探索者とはやや法から外れた存在である。
言ってしまえば底辺の存在の受け皿。暴力行為でしか身を立てられないものへの犯罪抑止の一つであり、正しく迷宮の攻略者になりたいのならば軍属か、あるいは大手の企業から認可を貰っている団体に所属した方がいい。
暴力に依存した職であるがゆえに、万能感に酔いやすく、他者を見下しがちであり、真っ当な生活を送る人々からは些か距離を置かれる職だ。
そのため、一般人への手出しは苛烈な罰によって縛られてはいるが、探索者同士での争いに置いてはある程度大きな目で見られ、探索者協会や騎士団から罰せられることは少ない。
特に、迷宮内では実質上治外法権として扱われている。
そのため、その男は潜伏先を間違えた。
隠れるならばきっと町の方がまだマシだった。そこであれば、相手が探索者であろうとナルシテの正当な報復にストップをかけるものがいたかもしれない。

だがそこは迷宮だった。
あるのは、暴力による上下関係と、平らな生死観である。
つまるところ、竜人の独壇場であった。


竜人が上位種族とされること。
亜人認定協会にて『人であった方が助かる』として人の種として組み入れられた事。
多くの戦闘義務をこなすに足るとされる驚異的な身体能力。
質量の保存法則を異次元の理屈で踏みつぶす彼らの暴力は、浅はかな下手人の思惑を大きく超えた。
娘の婿になるはずだった男は、瞬く間に死した同輩を殺した、義父になるはずだった竜人に土下座をして命乞いをした。

「違うんだ。ナルシテさん。俺、違うんだ。こんな事になるなんて思わなくて」
「親に言われて、彼女の実家を教えただけなんだよ。違うんだ、手引きなんて……本当にカルラを愛してたんだ!俺だってショックなんだ!俺は。俺は」
「こんなことになるなら教えなかった!違うんだ!!確かに親は、竜人の事を良く思ってなかったけれど……!!それは仕組みが間違ってるだけで!!」

話を聞いてくれ!!そうやって上位種族はいつも俺たちを見下して……!!」



殺した
戯言だった。
愛していたというならどうして隠れていたのだろう。
仕組みが間違っていたならば彼女たちの尊厳は踏みにじられて潰されていいものか。
上位種族ってなんだ。ナルシテはそれを自分が果たしていると思っていた。少なくとも自分がそれだけの特権を与えられていると理解しているから、義務を果たそうと何度も危険な場に出た。
口の中が鉄の味がして、塊の肉は嚥下しにくい。たいしておいしくもなかった。
気は晴れない。
暴力をいくら振るっても、なにも。
それでも生きて行くには、理由が必要で、ナルシテにある生きるための理由はその過激団体の殲滅だけだった。
それだけがナルシテがいい父で、夫で、可愛い女たちに捧げるだけの情愛の全てだった。
悪い事だとは思っていた。すべてが終わったら刑罰を受けて、真っ当に裁かれて終わるだけの気持ちがある。今だけ、今だけはそれをやらねばならないと。何年かけても、何人殺そうとも。

激昂竜ルナティック・ドラゴナルシテ―ト、と誰が一体呼んだのか。

報復に走る金竜は、その渾名とは裏腹にどこまでも正気だった。