RECORD
Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録
荼毘
殺して食べて食べて■して■して食べて■して。
ケダモノのようになるには理性的だった。
気が触れていたならば全を狂気と悲劇のせいにできた。
どうあがいてもナルシテの報復は、どこまでも正気に基づいたものだった。
発狂する気力を、復讐に燃やしていたのだろうと、のちの本人は発狂するタイミングを逃し続けてそう思う。
どれだけ憤り、気が触れんばかりに怒り、嘆き、暴れ続けていても。
それは───決して見境のないものではなかった。
亜人差別団体の根絶など無理である、とナルシテは理性的に判断していた。
冷静に考えれば亜人というものの成り立ち、出現自体が歪であり、そこに差別意識や嫌悪を持つのは当然である。肌の色、髪色の違い程度で人は争いあうのに、異文化、明らかな容姿の差異、能力の突出があればそれは荒れる。
むしろ今の亜人も人も入り乱れて、ある程度人権のようなものが担保されていること自体が著しい進歩だ。妥協に妥協を重ねて今がある。
それでも、やはり所詮は妥協なので人の心にうっすらと自分とは違う種族に対しての差別意識はある。
これらを報復で淘汰しようとしたら人類種の根絶をかざしているのと変わりがない。
それは、無差別すぎる。
なので、ナルシテが集中的に狙ったのはナルシテの一家を壊滅させた、花婿の親の所属するその団体と、そこから紐づく連中である。
人の家に押し入って、散々を繰り返す事を種の扱いの差を理由に自身の正当化をする連中だ。
殺す事に躊躇いはなかった。見境がない分、徹底的でもあった。
計画性があり悪質なまでに、草の根をかき分けて彼らを探し出して、彼らの血縁関係者全部を平らげた。
上位種族なら何したって許されるっていうのか!?
お前たちがいなければこんなに苦しい思いをしなくてすんだ!
地獄に落ちろ、迷宮の怪物め。
人種差別主義者め!!俺たちなら何やったッていいっていうのか!?
この子だけはやめてください。この子だけは。どうか。どうか。
やめて。■■さないで。
後半になればなるほど、差別主義者たちは色を変えてナルシテ―トに許しをこい願った。そこにどのような打算と恐怖が込められていたかはわからない。
ただそれを踏みつぶす事しかナルシテ―トは考えなかった。
考えたくなかった、ともいう。
そうして、知りうる限りの関係者を虐殺しつくして、ようやっと。
国際探索者協会が重たすぎる腰を上げた。
「気が済みましたか、ナルシテ―ト様」
「君は……」
復讐を終えて、呆然と虚無に浸るナルシテ―トに声をかけたのは少女だった。
強者であるのは、彼女の身に着けた装備、振る舞い、そして漏れ出る魔力の強さから察することができた。
彼女は自らをこうなのった。
「勇者です。私は勇者。勇者ラデュレ・ランバダ。最高位探索者にして、只の人」
勇者という職はこの世界にはない。
探索者は冒険者でも勇者でもないからだ。
もしそう名乗るのだとすれば、自称か、渾名か、あるいは。
「あなたを止めにきたものです」
国家認定の人類最強か。
勇者ラデュレ。齢13にして、神童。迷宮殺しのラデュレ・ランバダ。
「随分と……大きなのが来たんですね」
「あなたの様子が、復讐に触れていらっしゃるのならば討伐を、とのことで。
竜人が暴れるとどうしても被害規模が大きくなります。理性のあるうちに介錯、討伐を……とのことでしたが安心しました。
その様子だと随分と落ち着かれている様子。無駄な争いはしたくありません」
「そうでしょうね」
ナルシテの足元には既に肉塊が転がっていた。
これで最後だった。命乞いをしていた。靴まで舐める勢いで、死にたくないと泣いていた。
復讐をすればすっきりする。自分のケジメのためにもした方がいい、と言ったのは誰だったか。
すっきりはしない。薄暗い廃墟の中、迷宮での治外法権すら考えなくなったナルシテの胸中には薄暗い静かな朝が広がっている。妻子妹の悲鳴すら聞こえない、静かな朝が。無気力で、何も変わらない汚い日差しだけが淡々とその記憶を照らしている。
ラデュレはそれを見透かすように、とろりとした色合いの瞳を細めて可憐な唇を動かした。
「人が多く死にました」
「ええ。多くを殺しました、妻のため、娘のため、義妹のため……。いいえ、私の為に」
「……あなたは救われましたか」
「どうでしょうか。そう見えますか」
「いいえ」
「……」
窶れて、血なまぐさくて、獣同然の有様であるのに、瞳だけは正気に轟轟と輝いている。
沈黙するナルシテはいまだに家族の惨劇に雁字搦めだ。竜というより人のよう。
哀れだ、とラデュレは勝手にそう思った。
この廃墟の外は既に騎士団が包囲している。ラデュレが説得に失敗した場合、ナルシテを速やかに討伐するためだ。
ナルシテはまだ竜の中では若い。若いというのはエネルギッシュであるという事で、狡猾な老竜よりも手段を選らばず後先も考えない可能性から、危険視されての手配である。
ラデュレが説得に当たったのは、単に彼女が1対1で対峙しても死なないから。
……というのと、ナルシテの娘、カルラに外見年齢が近いから、という心情への訴えかけもある。
ナルシテは狂っていない。憎悪の方向性があり、無差別な殺人に忌避がある。
だから、見た目だけならか弱く穏やかな只の人の娘に爪は振るわない。
耳を傾けてしまう。
「断罪を受け入れる気があるのならば投降を。我々は罪を償う者に寛容でありたいと願っています。
あなたの妻子ご家族も、きっとあなたがこれ以上を行うのを望んでいないでしょう」
ラデュレは浮いたような、心にも思っていない言葉を祈りのように吐いた。
死人に口はない。彼女達の言葉のようにナルシテに制止を呼び掛けることに、抵抗がないわけではなかったがそう言わざる終えなかった。
ナルシテは黙ってうなずいた。
歯向かう理由がなかった。この場で暴れたって意味のない血が流れるだけだ。
もう散々流したのだから、うんざりだった。
静けさが耳に痛い。足元が濡れて不快だった。体が重い。
ラデュレはうっすらと微笑み、ナルシテのあきらめを肯定した。
「……賢明な判断です、ナルシテ―ト・スラミガル・ビビ様」
曇天の空に一筋の白い煙が溶けてゆくような、そんな錯覚を抱いた。
家族が天へと昇るあの光景を。妻子と義妹は火葬されて、曇天の空をミルクを零したような白い痕がのこる。
この鮮烈な赤色たちも、やがてはその空へと還るよう促される。ナルシテが登れぬ、いと高き楽土を目指して。儚い限りの清きへの憧憬がナルシテの心に艶めいた傷を遺していく。
深く。深く。致命的に。
勇者は、竜を戦わずして下した。
ケダモノのようになるには理性的だった。
気が触れていたならば全を狂気と悲劇のせいにできた。
どうあがいてもナルシテの報復は、どこまでも正気に基づいたものだった。
発狂する気力を、復讐に燃やしていたのだろうと、のちの本人は発狂するタイミングを逃し続けてそう思う。
どれだけ憤り、気が触れんばかりに怒り、嘆き、暴れ続けていても。
それは───決して見境のないものではなかった。
亜人差別団体の根絶など無理である、とナルシテは理性的に判断していた。
冷静に考えれば亜人というものの成り立ち、出現自体が歪であり、そこに差別意識や嫌悪を持つのは当然である。肌の色、髪色の違い程度で人は争いあうのに、異文化、明らかな容姿の差異、能力の突出があればそれは荒れる。
むしろ今の亜人も人も入り乱れて、ある程度人権のようなものが担保されていること自体が著しい進歩だ。妥協に妥協を重ねて今がある。
それでも、やはり所詮は妥協なので人の心にうっすらと自分とは違う種族に対しての差別意識はある。
これらを報復で淘汰しようとしたら人類種の根絶をかざしているのと変わりがない。
それは、無差別すぎる。
なので、ナルシテが集中的に狙ったのはナルシテの一家を壊滅させた、花婿の親の所属するその団体と、そこから紐づく連中である。
人の家に押し入って、散々を繰り返す事を種の扱いの差を理由に自身の正当化をする連中だ。
殺す事に躊躇いはなかった。見境がない分、徹底的でもあった。
計画性があり悪質なまでに、草の根をかき分けて彼らを探し出して、彼らの血縁関係者全部を平らげた。
上位種族なら何したって許されるっていうのか!?
お前たちがいなければこんなに苦しい思いをしなくてすんだ!
地獄に落ちろ、迷宮の怪物め。
人種差別主義者め!!俺たちなら何やったッていいっていうのか!?
この子だけはやめてください。この子だけは。どうか。どうか。
やめて。■■さないで。
後半になればなるほど、差別主義者たちは色を変えてナルシテ―トに許しをこい願った。そこにどのような打算と恐怖が込められていたかはわからない。
ただそれを踏みつぶす事しかナルシテ―トは考えなかった。
考えたくなかった、ともいう。
そうして、知りうる限りの関係者を虐殺しつくして、ようやっと。
国際探索者協会が重たすぎる腰を上げた。
「気が済みましたか、ナルシテ―ト様」
「君は……」
復讐を終えて、呆然と虚無に浸るナルシテ―トに声をかけたのは少女だった。
強者であるのは、彼女の身に着けた装備、振る舞い、そして漏れ出る魔力の強さから察することができた。
彼女は自らをこうなのった。
「勇者です。私は勇者。勇者ラデュレ・ランバダ。最高位探索者にして、只の人」
勇者という職はこの世界にはない。
探索者は冒険者でも勇者でもないからだ。
もしそう名乗るのだとすれば、自称か、渾名か、あるいは。
「あなたを止めにきたものです」
国家認定の人類最強か。
勇者ラデュレ。齢13にして、神童。迷宮殺しのラデュレ・ランバダ。
「随分と……大きなのが来たんですね」
「あなたの様子が、復讐に触れていらっしゃるのならば討伐を、とのことで。
竜人が暴れるとどうしても被害規模が大きくなります。理性のあるうちに介錯、討伐を……とのことでしたが安心しました。
その様子だと随分と落ち着かれている様子。無駄な争いはしたくありません」
「そうでしょうね」
ナルシテの足元には既に肉塊が転がっていた。
これで最後だった。命乞いをしていた。靴まで舐める勢いで、死にたくないと泣いていた。
復讐をすればすっきりする。自分のケジメのためにもした方がいい、と言ったのは誰だったか。
すっきりはしない。薄暗い廃墟の中、迷宮での治外法権すら考えなくなったナルシテの胸中には薄暗い静かな朝が広がっている。妻子妹の悲鳴すら聞こえない、静かな朝が。無気力で、何も変わらない汚い日差しだけが淡々とその記憶を照らしている。
ラデュレはそれを見透かすように、とろりとした色合いの瞳を細めて可憐な唇を動かした。
「人が多く死にました」
「ええ。多くを殺しました、妻のため、娘のため、義妹のため……。いいえ、私の為に」
「……あなたは救われましたか」
「どうでしょうか。そう見えますか」
「いいえ」
「……」
窶れて、血なまぐさくて、獣同然の有様であるのに、瞳だけは正気に轟轟と輝いている。
沈黙するナルシテはいまだに家族の惨劇に雁字搦めだ。竜というより人のよう。
哀れだ、とラデュレは勝手にそう思った。
この廃墟の外は既に騎士団が包囲している。ラデュレが説得に失敗した場合、ナルシテを速やかに討伐するためだ。
ナルシテはまだ竜の中では若い。若いというのはエネルギッシュであるという事で、狡猾な老竜よりも手段を選らばず後先も考えない可能性から、危険視されての手配である。
ラデュレが説得に当たったのは、単に彼女が1対1で対峙しても死なないから。
……というのと、ナルシテの娘、カルラに外見年齢が近いから、という心情への訴えかけもある。
ナルシテは狂っていない。憎悪の方向性があり、無差別な殺人に忌避がある。
だから、見た目だけならか弱く穏やかな只の人の娘に爪は振るわない。
耳を傾けてしまう。
「断罪を受け入れる気があるのならば投降を。我々は罪を償う者に寛容でありたいと願っています。
あなたの妻子ご家族も、きっとあなたがこれ以上を行うのを望んでいないでしょう」
ラデュレは浮いたような、心にも思っていない言葉を祈りのように吐いた。
死人に口はない。彼女達の言葉のようにナルシテに制止を呼び掛けることに、抵抗がないわけではなかったがそう言わざる終えなかった。
ナルシテは黙ってうなずいた。
歯向かう理由がなかった。この場で暴れたって意味のない血が流れるだけだ。
もう散々流したのだから、うんざりだった。
静けさが耳に痛い。足元が濡れて不快だった。体が重い。
ラデュレはうっすらと微笑み、ナルシテのあきらめを肯定した。
「……賢明な判断です、ナルシテ―ト・スラミガル・ビビ様」
曇天の空に一筋の白い煙が溶けてゆくような、そんな錯覚を抱いた。
家族が天へと昇るあの光景を。妻子と義妹は火葬されて、曇天の空をミルクを零したような白い痕がのこる。
この鮮烈な赤色たちも、やがてはその空へと還るよう促される。ナルシテが登れぬ、いと高き楽土を目指して。儚い限りの清きへの憧憬がナルシテの心に艶めいた傷を遺していく。
深く。深く。致命的に。
勇者は、竜を戦わずして下した。