RECORD

Eno.255 Siana Lanusの記録

◆決壊

「やあ、司教じゃないか。計画ももう間も無くだね」


「…………」


「ああ大丈夫さ、そんなに睨まなくても。
 僕はこの計画は成功するように動くからね。
 各種伝令も移送もきっと滞りなく。逃走補助まで完璧にこなしてみるよ」


「……まだ舞台が整ってない、と?」


「よく分かっているじゃないか、クランベル・エルスィー。
 僕達が勇者と対峙するのは、まだ早い。
 そのシチュエーションを迎えるまでは、僕は君たちを全面的にサポートするよ」


「……プリースト・キシマ、
 いや。傍観の大魔の道化師クラウン、キシマ・ザルバ。

 お前は、この世界が“舞台”だと言うのを知っているか?」


「……なにそれ、
 僕は僕の関わらない劇のことは何も知らないよ。
 僕らの物語は僕の偉大な主人のためのもの、
 世界とか神とかそういう規模なんか知らないね。

 君の“カミサマ”が言ってたのかい?」


「……、知らないならいい。
 頼んだぜ、キシマ。
 お前の魔法にはだいぶ頼る事になっちまうからな」


「えー?ずるいなぁ。
 ま、いいよ。僕は僕の干渉鑑賞した物語以外に興味も無いし。
 精々君たち役者を欠かさないよう、やらせてもらうからね」




*

中央大陸南部エウディーコ地方、湖岸の街アレフィーシ。
塩湖であるラベツ湖のそばに栄えたその街は、王都の対岸にある街だ。
天然の塩田が有名で、湖から得た塩や水産資源による食により国内屈指の街まで発展していた。
塩湖の影響で作物は育ちづらいため野菜を使った料理は比較的高価であるが、
最近はその土壌でも育つ作物を日々模索している研究者なども居るらしい。
国境に近い街でもあるため人の入れ替わりも多く、
冒険者や旅人は美食の噂を聴いては立ち寄ることになる街であった。

……北方地域ほど魔物の量が多くないとはいえ、中央大陸は魔物の多い土壌だ。
この街も例外なく境会の庇護下にあり、街は背の高い幕壁によって護られている。
ラベツ湖沿いの北東部を除く三方を囲む幕壁には四箇所の詰所が備えてあり、
街の結界を保持するための聖職者およびその見習いが日中はそこに配置されていた。


「ふあ……」



そこのひとつに配置されているシスターであるキュティア・カリアーテは、
のんびりと街の景色を眺めながら呑気に欠伸を零した。
便宜上詰所と言われてはいるが、聖職者である彼らの配置するそこは
快適に過ごせるような工夫が凝らしてある。
ソファや仮眠用のベッド、軽くつまめるおやつやふかふかのクッションなど。
キュティアはソファへと座りながら、クッションを両腕に抱きしめていた。

……結界の保持というのは、基本的には重労働だ。
配置されている数人で朝から夕まで結界を貼り続けるのだが、
奇跡の扱いに慣れないうちは結界は集中し続けなければ維持出来ない。
外敵が来た時などは特に気を張らなければ、結界は破られてしまう。
一度結界が破られるとそこから街に魔物が入るだけではなく、貼り直すのも大変だ。
結界の展開位置を気にかけねば他地点の結界とズレが生じて、
魔物の入る隙が出来てしまったりもする。
結界を貼り直す時は奇跡の扱いに長けた聖職者が担当するのが基本で、
結界の保持という仕事を見習い以外の聖職者も任されているのはそれ故であった。


「平和だなぁ……」



……ただしどの世にも、天賦の才脳を持つ者というのはいる訳で。
キュティアはこの街では『神の祝福を賜った子』だと言われている。
見た目通りその齢はまだ10歳と歳若く、シスターとして起用されるには余りにも若かった。

奇跡というのは、神から賜る恩寵である。創壁神への信仰心を持ち続ける事で
天使により与えられる、治癒や防壁など、護ることに長けた術だ。
キュティアは聖職者の子で、8歳の頃に奇跡を授かった。
これもまた異例の速さであり、けれどもキュティアが持て囃される理由はこれだけでは無い。

治癒をさせればどんな重傷も一瞬で治し、
防壁を貼らせれば上位の魔物も跳ね返し、
結界を貼らせれば簡単に維持してみせて、
魔物と対峙すればあっけなく滅してみせた。

どれだけ奇跡や魔法に長けようと到底到達できない領域に、はじめから踏み込んでいたのだ。

祝福の子とされるキュティアであるが、その噂は街中に広まっているが故に面会者希望者は絶えず、
それに辟易としたらしい本人たっての希望により、今は街の結界の維持をしていた。
神から与えられた人々を護る力とはいえ、望まれるままに行使し続けるのは疲れるのだというのが本人の弁。
神の祝福を得た子を使い潰さず、殺さずに飼い続けたい境会は、その本人の希望を呑むことになった。

本来は詰所の四箇所、四地点で街の結界は維持されるのだが、キュティアは「一人で出来る」と主張しこの詰所で、一人でこの街の結界を維持していた。
……予備の人員は一応他の詰所に詰めているが、キュティアが結界保持に勤めて早6ヶ月、
キュティアが急に「今日は休むから!」と言った日以外は出番無く終わっていた。


「──今日は何かある気がしたんだけどな、気のせいかぁ」



キュティアはひとりごちながら、ソファへと寝転んだ。
何となく良くない胸騒ぎがしていたのだが、飛来して結界にぶつかつてくる魔物はいつもより少ないぐらいだ。
杞憂だったことに安心とちょっとのつまらなさを感じてソファへと顔を突っ伏して、ぶんぶんと首を横に振る。

何も起こらない方がいいに決まっている、そのために自分たちは勤めているのだ。
人々の平和を護れていることに誇りと喜びを持ってはいる……が、それはそれ。
まだ若く好奇心旺盛なキュティアにとって、
ただ平穏な日々と言うのはどこか退屈なものだった。
何か起こればいいのに、と思った矢先──



「…………」




───ふ、と。人の気配がした。
この詰所は自分だけの特別な場所で、鍵だって掛けていて、
境会にも他の人は要らないと言ってたはずだ。

怪訝に思ってキュティアが顔を上げると、そこにはローブを纏った人が立っていた。
合間からピンク色の髪が覗いて、背丈からして自分と同じぐらいの子どもだろう。
どうしてここに居るのか。

人間の害意に触れたことの無いキュティアは、無警戒に呆けてそのひとを見上げた後、
辺りを見回してその理由を探ろうとして、視線を外した瞬間。

そのひとは躊躇いなく動き
鈍く、重く、何かが斬れるおと。

キュティアが何かを確かめるより前に、
跳ねるようにその視界は回転した。



「───ごめんね」



*


支川43人による各都市急襲は、恙無く成功。
結界の消滅を合図に魔物による各都市の襲撃は始まり、
人間と魔物の戦争の時代が幕を開ける。

人魔の衝突の立役者であった邪教の存在は混乱の濁流に呑まれ、人にはほとんど知られないまま、
人々は目前の魔物への対処に追われて行った。