RECORD
Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録
乱心
正しく裁かれると思っていた。
ナルシテが起こした大量虐殺は、大まかに言って許される範囲を超えている。
過激亜人差別団体────【光来】と呼ばれている団体の総人数は107名。その類縁まで噛み殺したのだから、実際はもっと被害は大きい。
正式な人数はナルシテですら覚えていなかった。
彼らの血の味しか、ナルシテは分からなかった。
護送されたナルシテは罪人が入るには過分な一室で音沙汰を待った。
どういう処遇になるのか、どういう終わりになるのか。
家族と同じ場所には行けないのだろうという漫然とした諦観と虚無がある。
ナルシテの行いはナルシテ自身が己に幻滅することだった。
大義も、正義も、愛する家族の名前を掲げて行う虐殺は彼女達の名を穢しているようで。
冷静になり、余力が生まれ、落ち着きを取り戻せばナルシテは暇が弄ぶままに緩やかにその心を痛ませていく。
断末魔の言葉も死に様も、ナルシテの全てを癒してはくれない。
そして数日後、勇者は沙汰を告にやってくる。
「子爵……?」
「はい、叙勲式は簡略式になりますが 」
貴族位というのは只人のみの世界だった頃、民主主義の名のもとにある程度廃れた文化だったという。
しかし亜人種が増え、世が迷宮によって乱れる中、細々とした法制度よりも先に必要とされたのは是正者であり、リーダーであり、上に立つ者達だった。
貴族位、王位というのは亜人種達にも伝わりやすい身分であった事から、国を立てるについて、真っ先に復興されて用意されたポストである。
ナルシテもビビと名乗るのは、ビビ男爵という、子のいない竜人の家に養子に入ったからである。
ナルシテは思わず、ラデュレに問いかけた。
「待っ……てくれ。私は、裁かれるんじゃなかったのか?」
「……」
「人を殺したんだ。何人も、あの……クソみたいな差別団体の連中と関係があると言うだけで!」
今でも覚えている。泣く娘。叫ぶ男。懇願する親。逃げ出す子。ナルシテートが暴力をぶつけた、無辜の人々。
弱者達を潰した感覚を、今でも。
許されることでは無い。
「裁かれることだろう。迷宮内の中ならともかく、町や村にまで私は押し入ったんだぞ!」
「……失礼ながら」
しかし、ラデュレは穏やかな顔でそれを受け流した。
「この度【光来】は第二級国際テロ組織として認定されました。殲滅は、妥当な判断だったかと」
「……待ってくれ、なんだそれは。聞いていない」
「竜人のご家族を組織的に手をかけ、あなたの激昂を買い、わざと町や村を襲わせるように手を向けたのだと。
あなたはそれをいち早く気付き、組織に牙を向けて市井の民を守ったとして────」
「私の復讐に意味の無い栄光をつけるな!!」
明らかに後付であるというのは分かった。
ナルシテが調べた時、連中は確かに犯罪者の溜まり場のような───過激思想にかぶれた連中であったのは確かではあったが。
そんなご大層な罪状がつくほどではなかった。
そも、ナルシテの家が襲われたのは言ってしまえばその団体の一部が暴走したからだ。花婿の親が、息子が上位種と呼ばれる亜人の女に洗脳されたと言いふらした為義憤を抱いた連中が勢いで乗り込んだ、しょうもない真実がそこにある。
ナルシテは机を叩き割って激怒した。
「誰の、誰の差し金だ。誰の!!こんな、くだ、下らない筋書きは誰が書いた!?ラデュレ!罪は公平に、償うべきだと言ったのは君だ!!何故こんな……」
上位種だからって何されても許されるんだ。
お前達みたいなのがいなければ。
人種差別主義者め。
「これではアイツらが正しい事になってしまう!」
妻と娘と義妹が殺された事への、理由が正当になる。
ナルシテが許されれば彼らとの違いが浮き彫りになる。
それを是とは言えない。その溝が悪いとされてしまえば、ナルシテは間違えたのだと明確に突きつけられるようで。
悲痛さを載せたナルシテの絶叫に、歳わかき勇者はすました顔で、幼いばかりにその感情を理解しなかった。
「心の傷が深いのは理解しています。ナルシテート様。これが終わったら……新しく耳長から妻を迎えるのは如何ですか」
「……は?」
「亡き奥方は、緑髪に口元のほくろが特徴なご婦人でしたね。大丈夫です、良家の耳長の子女にそんな方がいらっしゃらないか探してみます。いなければ、寄せればいいのです。竜の方に嫁ぐとなれば是非にという方も多いでしょう」
「何を……言って……」
罪は償えます。あなたが人を殺したのはそう。
ですから、生きて償いましょう。傷を癒し、過去を払い、前を向きましょう。
人を殺したなどというのは。
大した罪では無いのです。
「あなたは竜人なのですから。我々には苦しみを取り払う義務があります」
ナルシテはそこでストンと腑に落ちた。
いや、もっと前から理解すべきだった。
何故ナルシテの蛮行を、国際探索者協会が最後の最後になるまで止めなかったのか。
荒れるナルシテを問答無用で討たなかったのか。
いや、そもそもどうしてナルシテがトントン拍子で復讐を遂げられたのか。
彼らが気にしているのは罪の善悪ではなく、ナルシテの機嫌なのだ。
犠牲となった家族への労りや、悼みではない。義憤ですらなかった。
ナルシテという竜人が荒れているから、過激亜人差別団体の面々は類縁含めて切り捨てられた。復讐を遂げさせて、気持ちよくなってもらうためだけに。
それは。
罪でもなんでもなく、ナルシテの矜恃や家族への情愛を踏みにじっているとすら思わない。
この世界の当然だった。
「……そうか」
「ナルシテート様?」
「いや、……そうか。ああそうか、間違ってたのは。曇っていたのは 」
顔を覆う。
息を吸う。
どうしてこんな目に、と泣いた事を振り返る。
なんてことはない。
ナルシテが間違っていただけだ。
ナルシテート様、とラデュレはなにか失言したことに気付き、口を開こうとした。
そこに、ピカりと。

ナルシテート・スラミガル・ビビはこの日、乱心した。
5年と数ヶ月前。尾を踏まれた、清々しい青空の下で。
ナルシテが起こした大量虐殺は、大まかに言って許される範囲を超えている。
過激亜人差別団体────【光来】と呼ばれている団体の総人数は107名。その類縁まで噛み殺したのだから、実際はもっと被害は大きい。
正式な人数はナルシテですら覚えていなかった。
彼らの血の味しか、ナルシテは分からなかった。
護送されたナルシテは罪人が入るには過分な一室で音沙汰を待った。
どういう処遇になるのか、どういう終わりになるのか。
家族と同じ場所には行けないのだろうという漫然とした諦観と虚無がある。
ナルシテの行いはナルシテ自身が己に幻滅することだった。
大義も、正義も、愛する家族の名前を掲げて行う虐殺は彼女達の名を穢しているようで。
冷静になり、余力が生まれ、落ち着きを取り戻せばナルシテは暇が弄ぶままに緩やかにその心を痛ませていく。
断末魔の言葉も死に様も、ナルシテの全てを癒してはくれない。
そして数日後、勇者は沙汰を告にやってくる。
「子爵……?」
「はい、叙勲式は簡略式になりますが 」
貴族位というのは只人のみの世界だった頃、民主主義の名のもとにある程度廃れた文化だったという。
しかし亜人種が増え、世が迷宮によって乱れる中、細々とした法制度よりも先に必要とされたのは是正者であり、リーダーであり、上に立つ者達だった。
貴族位、王位というのは亜人種達にも伝わりやすい身分であった事から、国を立てるについて、真っ先に復興されて用意されたポストである。
ナルシテもビビと名乗るのは、ビビ男爵という、子のいない竜人の家に養子に入ったからである。
ナルシテは思わず、ラデュレに問いかけた。
「待っ……てくれ。私は、裁かれるんじゃなかったのか?」
「……」
「人を殺したんだ。何人も、あの……クソみたいな差別団体の連中と関係があると言うだけで!」
今でも覚えている。泣く娘。叫ぶ男。懇願する親。逃げ出す子。ナルシテートが暴力をぶつけた、無辜の人々。
弱者達を潰した感覚を、今でも。
許されることでは無い。
「裁かれることだろう。迷宮内の中ならともかく、町や村にまで私は押し入ったんだぞ!」
「……失礼ながら」
しかし、ラデュレは穏やかな顔でそれを受け流した。
「この度【光来】は第二級国際テロ組織として認定されました。殲滅は、妥当な判断だったかと」
「……待ってくれ、なんだそれは。聞いていない」
「竜人のご家族を組織的に手をかけ、あなたの激昂を買い、わざと町や村を襲わせるように手を向けたのだと。
あなたはそれをいち早く気付き、組織に牙を向けて市井の民を守ったとして────」
「私の復讐に意味の無い栄光をつけるな!!」
明らかに後付であるというのは分かった。
ナルシテが調べた時、連中は確かに犯罪者の溜まり場のような───過激思想にかぶれた連中であったのは確かではあったが。
そんなご大層な罪状がつくほどではなかった。
そも、ナルシテの家が襲われたのは言ってしまえばその団体の一部が暴走したからだ。花婿の親が、息子が上位種と呼ばれる亜人の女に洗脳されたと言いふらした為義憤を抱いた連中が勢いで乗り込んだ、しょうもない真実がそこにある。
ナルシテは机を叩き割って激怒した。
「誰の、誰の差し金だ。誰の!!こんな、くだ、下らない筋書きは誰が書いた!?ラデュレ!罪は公平に、償うべきだと言ったのは君だ!!何故こんな……」
上位種だからって何されても許されるんだ。
お前達みたいなのがいなければ。
人種差別主義者め。
「これではアイツらが正しい事になってしまう!」
妻と娘と義妹が殺された事への、理由が正当になる。
ナルシテが許されれば彼らとの違いが浮き彫りになる。
それを是とは言えない。その溝が悪いとされてしまえば、ナルシテは間違えたのだと明確に突きつけられるようで。
悲痛さを載せたナルシテの絶叫に、歳わかき勇者はすました顔で、幼いばかりにその感情を理解しなかった。
「心の傷が深いのは理解しています。ナルシテート様。これが終わったら……新しく耳長から妻を迎えるのは如何ですか」
「……は?」
「亡き奥方は、緑髪に口元のほくろが特徴なご婦人でしたね。大丈夫です、良家の耳長の子女にそんな方がいらっしゃらないか探してみます。いなければ、寄せればいいのです。竜の方に嫁ぐとなれば是非にという方も多いでしょう」
「何を……言って……」
罪は償えます。あなたが人を殺したのはそう。
ですから、生きて償いましょう。傷を癒し、過去を払い、前を向きましょう。
人を殺したなどというのは。
大した罪では無いのです。
「あなたは竜人なのですから。我々には苦しみを取り払う義務があります」
ナルシテはそこでストンと腑に落ちた。
いや、もっと前から理解すべきだった。
何故ナルシテの蛮行を、国際探索者協会が最後の最後になるまで止めなかったのか。
荒れるナルシテを問答無用で討たなかったのか。
いや、そもそもどうしてナルシテがトントン拍子で復讐を遂げられたのか。
彼らが気にしているのは罪の善悪ではなく、ナルシテの機嫌なのだ。
犠牲となった家族への労りや、悼みではない。義憤ですらなかった。
ナルシテという竜人が荒れているから、過激亜人差別団体の面々は類縁含めて切り捨てられた。復讐を遂げさせて、気持ちよくなってもらうためだけに。
それは。
罪でもなんでもなく、ナルシテの矜恃や家族への情愛を踏みにじっているとすら思わない。
この世界の当然だった。
「……そうか」
「ナルシテート様?」
「いや、……そうか。ああそうか、間違ってたのは。曇っていたのは 」
顔を覆う。
息を吸う。
どうしてこんな目に、と泣いた事を振り返る。
なんてことはない。
ナルシテが間違っていただけだ。
ナルシテート様、とラデュレはなにか失言したことに気付き、口を開こうとした。
そこに、ピカりと。

「君よ清らかなれ!!」
ナルシテート・スラミガル・ビビはこの日、乱心した。
5年と数ヶ月前。尾を踏まれた、清々しい青空の下で。