RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

軟禁

何かを間違えたのだとしたら、きっと生まれを間違えたのだ。

がもし……せめて竜人ドラゴニュートでなかったなら」


がもし、あの村に拾われなかったなら」



ジゼルは今頃、村の男とでも結婚して穏やかな暮らしをしていただろうか。
義妹マルチェラは独り立ちして、健やかに明日を夢見て眠りに着けただろうか。
カルラは……、別の誰かのところに産まれて、愛されて幸せを掴んだのではないだろうか。
愛しい彼女達は、尊厳を踏み躙られて、ゴミ箱に投げ込まれた人形のように命を失わずに済んだんじゃないか。

「そんなのは所詮欺瞞ファンタジーだ。しかし夢見ずにはいられない」



ナルシテート・スラミガル・ビビは子爵の座を賜ったが、直後【強制後天的肉体変化光線トランスセクシャルナイト】をその場で乱射し、要人の数名を強引に性転換させたとして本来与えられるはずだった領地から、竜の塒竜人の流れ地近くの狭い谷のある領地への変更が決まった。
その領地にはナルシテが領地外に出られない様の封印措置が張られ、厳重に管理されている。
ナルシテが正気に戻るまでの、実質上の軟禁措置である。
ナルシテの元に残ったのは彼の住まう館のみだ。
自らの世話にとよこされた使用人達は皆国際探索者協会の息のかかったものであり、実質の監視である。

賑やかな暮らしをしている。
BGMと、与えられるがままの娯楽と、なんでも頷く使用人達に囲まれて。
穏やかな暮らしをしている。
山も谷も無い、ただひたすらに欠けた幸福の輪郭をなぞるだけの虚無に浸るような。
裕福な暮らしをしている。
差別と偏見の上に成り立つ、虚栄的な華はなんの香りもしてくれない。

「贅沢なんですけどね!アッハッハ」



どの世界も、社会は上と下を差別する。真なる中間などいないというのに。

狂った振りをした竜人はこうして社会から逃げた。
やることといえば猫の額ほどの領地の管理と山賊と迷宮潰し程度。
痛々しく着飾るだけの、空虚をはみながらこれからもずっと──────ずっと、過去の幸福の傷を膿ませながら、朽ちていくつもりだった。

はずだった。


「よ〜ォ、竜人ザコトカゲ
湿気たツラァしてるじゃネエノ!洞窟でもねえのにカビが生えてるかのヨウダ!
除湿機を売りにきたゼ!買ってけヨウ!テメェの剥げた鱗でナ!!」




あの触手人クソミミズが来るまでの話。