RECORD

Eno.44 ブルーバードの記録

◆10月22日、天浅葱の日記

家に金ピカの牛車が来るより手前の日々
私はまだ子供だったこともあって、政治的なあれこれや、そういったものはうまく遠ざけられていた。
父上はいつも威厳にあふれ、家は平和で、家臣達は穏やかに賑やかに面倒を見てくれていた。

母上の記憶が薄いがゆえに自分は側室の子かとも思ったけれど、側室がいたなら誰が世継ぎを産んだかで権力争いが起きるはず。
父上をはじめ、家臣達も皆一本筋の通った気のいい者ばかりで、欲にギラついた印象は皆無。
父上は帝直系の男子。
子供を重要視するなら私の誕生を待たずに側室を迎えるはず……という条件を考えると、正室しか持たなかったのかもしれない。
(うっすら、いたかもしれないという記憶はあるけれど、その場合お飾りの正室は迎えるだけだったと考えるのが妥当な気がする。恨むような視線は感じたことがないし、父上が酷い扱いをするとも思えない)
権力にがっつくような気配もなく、そのような教育を受けた記憶もまったくない。
帝直系の血を持ちながら、自分の意思で婚約者を選ばせてくれる父だった。
まだ社会が未成熟な時代に、現代でも理想的だと言い切れる素敵な家だった。



私は時々駆り出される式典の類が嫌いで、「座ってるだけでいいから!!!」と宥められても退屈でどうしようもなく
大量に着せられる服は重くて重くて、帰宅して家にあがるなり上から一枚、また一枚と脱いでいくものだから
それを拾ってたたむ家臣達がまるでコントのようだったのを……よく覚えている。

聞く所によると、私はおとなしく座っているなら見目はそれなりに良かったらしい。
美しく心優しく清廉、という評判と、最悪!鬼!悪魔!という相反する評判があって(おそらく婚約者探しにおいて庭の池にメンズ達を落としまくったせい)
じゃあ実像はどうなんだ?と興味を持ったのが始まりだったと『王子』は言っていた。



私は、父上がかなりお年を召してからやっと授かった子で、誕生をとても喜ばれた子供だった。
陰陽師は、この子の血には強い破邪の力があると言い、女児ではあったものの父上から世継ぎ宣言されてもいた。
でも権力に興味のない私は、その後すぐに生まれた弟が家を継げばいいと思っていて
私を世継ぎに推す声がトラブルのもとにならなければいいと思っていた。

当時は衛生観念も今とは大幅に違い、疫病……今で言う感染症が多く、私は家の敷地から出されず大切に育てられていた。
週に一度くらい訪ねてきてくれる王子の来訪が、唯一の外の世界との窓口で
弟と一緒に過ごしたのもほんの子供の頃くらい。
そこからは家族といえど食事の時くらいしか一緒に過ごしていなかったように思う。
父上はいつも忙しくしておられたし、私は沢山の使用人に囲まれて、家の門から外に出れない以外は何不自由なく育った。



と、ここで一つ疑問が浮かび上がる。
『弟は外に出れていたのだろうか』
おそらく、それの答えはYES。
何故なら、婚約者探しをする上で男児は女性の家を訪ねる必要があるから。
弟に婚約者がいたのかはよく覚えていないが、あの性格だと家格で選んだ相手で纏まっただろう。
当時の私が跡継ぎは弟でしょ、と思っていたのは、彼が家の外に出られたせいかもしれない。

私には、専用の居住スペースが割り当てられていた。
正門ではなく、正門から離れた裏口に近いような場所。
裏口とは言っても商人等が出入りする門とはまた違う場所にあり、家に関わる者、それも私の身辺に関わる者以外の出入りはできない。
父上が来る場合もまず使いを寄越し、決して無断で入ることは無かった。
専属の庭師が作り出す広く美しい庭があり(外に出たくて脱走しようとしたら塀の高さが3倍になった)、池があり、二重だか三重になっている門には24時間門番がいた。
よく王子をハメようと門付近に落とし穴を掘って、その度に使用人達が穴を埋めていたっけ。
(新米の使用人は落とし穴にハマることがよくあった。我が家に勤務する上での通過儀礼だったのかもしれない……)
王子が土産に持ってきた鷹も飼っていたし、蹴鞠は足だと痛いから手で投げて遊んでいた。

部屋は……中で剣術の稽古ができるほど広かった。
それも、一部屋ではなく身支度の部屋などはまた別だ。
当時高貴な女性はあまり外に姿を見せるものではなかったから、あの屋敷においての女性用スペースだったのかもしれないが
……今思うと、少し『広すぎた』ようにも思う。
舶来の布なども、値段を知らされないまま『好きなものを』買って貰った記憶がある。
帝ですら大切に一口一口食べるという真夏の氷を、私はどっさり桶にぶちまけ足を突っ込み涼んでいた。
使用人達は顔を覆い、王子は目が点になっていたが……
父は娘に甘く娘はトンチキである、としても家の経済力がかなりのものであったことは伺える。
ともすれば、帝を超えかねない・・・・・・・・ほどに。
(家の経済状態が悪化したような雰囲気はまったく無かった。謀が当然のように存在していた権力中枢に、スーパーホワイトな家があったらそれは人気が出るだろう)



終わりから逆算すると、女児ならば怪しまれずに顔を隠して育てられる。
父上が『家格がかなり落ちる武家の、長男ではない男児』を連れてきたのは……
当時は、謀反などする気はない、姫は超格下の長男ではない所に嫁に行ったから帝ワントップですよ、を演出するためだったと思っていたが
武家ならば、万が一の時私の心強い味方になると……お考えだったのかもしれない(あのダメ王子は父上にボコボコに怒られて欲しい)
子供の私は遊び半分だったけれど、弟と共にかなり高度な教育を受けさせてくれてもいた。

……もっと真面目に勉学に励んでいればと悔やまれる。
そうしたところで、落ちる結末は同じだし、同じでなければならないとも思うけれど。
父上も私も、生まれる時代が1000年早かったのかもしれない。
正論が正論のままで権力を握って、安全な時代ではなかったから。 ……それは今もか。