RECORD
◆流動

「っくく、はははは!!
人間などつまらないものだと思っていたが、
そんな面白いことをする者が居るなんて!」

「煩わしい結界が無くなれば、人間の街などただの狩場!
来たる魔王様の世のために、今こそ人間の殲滅を!」

「お前いつもより元気でウザったいね〜」

「魔王様に逆らう人間を始末したら次はお前の番だからな」
*

「……まさかだけどこれって
例の邪教の仕業だったりするんじゃないですか?」

「そうかも知れませんが、境会から話がない限りは俺たちは憶測でしか話せませんね。
勇者が立ったことを受けて魔王側がアクションを起こしたとも取れますし、
人間側から手引きがあっての事かもしれない。
結界のある街に魔物が入れない事を加味すると、
後者の方が現実的だとは思いますけれどね。
それが邪教のせいかは分かりませんけれど」

「……私たちの旅にも本格的に護衛とか付けた方がいい気がしますね」

「それは確かに。俺たちの護身術では心許ないし……、
ちょっと弟に声を掛けてみますかね、俺より腕っ節があったはずですよ」

「いやそこは素直に冒険者を頼りましょうよ……」
*

「……いや、忙しすぎねぇか?!
対魔物でアタシたちが駆り出されるのは当たり前だけどよぉ〜」

「テッペン取るんじゃ無かったの?ほら、文句言ってないで行くよ。
こういうところで輝いてこその冒険者だしね!」

「アンタは元気だな……ま、その通りっちゃその通りだよな!」
*

「うーん……困りましたねぇ、
街の混乱のせいで物資がこっちにまで回らなくなってしまって〜」

「困ったね……ううん、日々の巡回を増やして
未然に事故を防ぐしか無いかもしれないね。
これから忙しくなるよ、シスター。覚悟しておいて」

「えー?!そんな〜!もうわたくしヘトヘトですよ〜?!」
*

「驚いたね、邪教の子たちホントにやったんだ。
口先だけだと思ってたんだけどね〜」

「ま、となったら混乱に乗じるのがいいね。
君もやるんだろう?」

「……いいや、僕はそういうのからは足を洗ったんだ。
娘と一緒に顛末を眺めさせてもらうよ」

「それは残念だ。
引っ掻き回すならきっと、今しかないのに」
*
「──ああ、ああ、ああ!」

「我らが御神は、これが試練だと言うのか。
我らの信仰を、試しあそばれているのか。
そう、そうでしょう、そうであるならば」

「私はこの道を進みましょう、
御神よ、あなたが私をこの道へ導いたのだ」

「──さあ、弔い合戦と致しましょう」
*

「……これまで境会は、人々に安心と安全を与えることで栄えてきました。
けれどもここに来て魔物による各都市の一斉襲撃、
平穏が脅かされたことで境会の絶対性に疑いを持つ人は少なくないでしょう」

「……きっと勇者の動向にも、
人々の関心は集まるのでしょうね。
“悪”が蔓延った時にこそ、勇者に期待は向くでしょうから」
*

「……これまでの周回では、確か」

「勇者が邪教の所業を突き止めて、
邪教は私刑含めて皆殺し──だったな」

「何度か接触したことはあるけど、あんま成果は無かったんだよなァ。
……今回は見過ごしてみっか」
*
──作戦決行から一週間。
作戦に於いての役割を果たした支川達は、各々の信条に基づき次の行動へと移しつつあった。
尾っぽを掴まれぬ為に己たちの存在と行為を隠匿するのも大事ではあるが、さんざ荒らした土壌を放置しては意味が無い。
境会への信用が薄れ、人民の心が揺らぎ、己の行動を見直した時こそ流れを産める時。
迷える仔羊達に道を示し進むべき方へと背を押す事が必要だと、多くの支川達は作戦の仮拠点を離れ各地へと散らばった。
けれども一部の支川達は、その仮拠点に残っていた。
作戦の事後状況把握のため、有事の情報伝達のため、そして──作戦の実行役となった者たちのケアのため。
「…………」
シアーナは仮拠点の洞窟内の一間で、ワインの瓶を横に置いて座り込んでいた。
その手には赤に半分満たされたワイングラス。けれども思考をしている故か、酒の減りはさほど早くない。

「──あれ、シアーナ?」
一人でそうしているシアーナの元に、女の声がひとつ。
穏やかな足取りで、その酒と同じ色のゆるやかな髪を揺らしては、シアーナの傍に近寄った。

「また考え込んでいるんですか?」
「……あら、メムじゃない」
──メム・ルース。支川であるシスターの一人だ。

「ええ、お疲れ様です。
よろしければ、思考を流すのを手伝いますよ」
柔らかく笑いながら、メムは行儀よくシアーナの隣に座る。
メムもまたシアーナたちと同じ、支川のシスターのひとりであるが
その雰囲気の通り、あまり荒事を成すタイプでは無い。
シアーナやキディアはこの宗教に於いて教導者のほか祓魔師ないし執行者的な役割を持たされているが、メムにはそれらは無い。
彼女の担っている役割は──宣教師。
清水の大精霊ル・ティアーの教えを広めるために言の葉を紡ぐものであり、
揺るぎなくその教えを信じ伝える者である。
どこか頼りなげな風貌と声色であまりにも自然に味方を作り、
静かに教えを浸透させる者であった。
「……別に何も後悔はしてないし、
作戦が間違ってるとも思ってない。
必要な制裁であると納得している」
「…………ただ、他人の命を奪うのは
胸糞が悪いと思ったってだけよ。
ここまで考えが整ってる以上、
この胸糞悪さは時間で風化させるしかない気がすんのよね」

「……シアーナがそう言うのであれば、そうなのでしょうね。
報復が怖い訳でも無く、罪の意識が深い訳でも無い。
嫌なのはきっと、“人を殺してはいけない”という倫理観が棄却出来ないからなんでしょう。
成長に根付いた感性は、どんな理屈でも覆すのは難しい」
メムの言葉に、シアーナはふ、と視線を己の手に下ろした。
境会の聖職者を殺した感触は、恐ろしいほどに大したことはなかった。
フラウィウスで慣れ親しんだ感触で、今更恐れるものでも無く、その血の生臭さすらも。
ただ、歓声も悲鳴もない沈黙が。
とても重く感じられたのだ。
……それで抱いた重責は、
“殺すことを恐ろしく思った”と言い換えても差支えは無いようで、どことなく違う。
「……あ〜、言語化ムズいわ。
多分そんなに落ち込んで無いんだけど、
びみょ〜に小石が引っ掛かってるような感覚だわ」

「シアーナは御神の教えをあまり盲信してるタイプでは無いですしね。
……でもその引っ掛かりは、大事なものなのかも知れません」
柔らかな同調に、不思議に思って顔を上げれば
メムの翠の瞳と目が合った。
穏やかに浮かべられた笑みが、静かに頷いた。

「──大事なのは過去より今、そして今より未来。
けれども人は、過去があってはじめて今があります。
過去を、今を、殺してはならないのです。
思考停止して、古く悪いものだと殺してはならない。
殺すことに抵抗を持てなければ、殺す以外の道を思考することを放棄する」
「……殺しへの抵抗は、思考停止の予防になるってワケね。
メムがそんなこと言うのちょっと意外だったわ」

「私の事狂信者だと思っていらっしゃいました?
……ですからその“胸糞悪さ”は、きちんと持っていて欲しいなと思います」
「言われなくても。思考停止なんて、あたしはしたくないしね」
いつも通りに強気に笑いワインを呷るシアーナに、メムはまたゆっくりと頷き、
これ以上の口出しは不要だと思ったのだろう、ふ、と視線をシアーナから外した。

「シアーナはこの後は、どうすんですか?」
「あーそうねぇ……ちょっと出遅れたけど……」
話題はこれから先の事へと移る。
支川の多くは既にこの仮拠点を離れ各地へと散らばっている。
自分も行くとしたらどこだろうかと、少し考えてはいたが。
「……あたしはサウス・ヴァースにでも行こうかしら。
ファガレスか……もしくは東の方とか?
船に乗れたらだけどね、この混乱のせいでどこも厳しくなってるだろうし」

「プリースト・キシマに送ってもらえるならそれが
一番早いと思いますけど、彼は最近忙しそうですしね」
「あの腹黒気味悪いから頼りたくない」

「どうどう……。
サウス・ヴァースにということは、イラクラアまで?
結構な長旅になりそうですね……どうぞお気を付けて」
「ええ。そっちはしばらく事務処理かしら、
メムは頑張り過ぎる方だから程々にすんのよ」
ワインをあっさりと飲み干して、シアーナは立ち上がる。
他人にものごとを話すのはやはり一人で燻るよりずっといい。
少しすっきりとした顔でその一室を後にするシアーナの後ろ姿を──
──メムはひとり、翳りの見える顔で見送った。

「…………プリースト・キシマ。
あなたの思い通りには、させませんから」