RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

勇者と竜人

勇者ブレイバー
国家認定の最強人類ホルダーにして、迷宮殺しダンジョンキラー最高位探索者グランド・シーカー。齢18になり、より洗練された刃の娘。
ナルシテートの精神のヒビを致命的にせしめた人物であり、悪気のない恐れ知らず。
ラデュレは善人である。頭に、倫理観と遵法意識が欠けた、とつくけれど。
出会い頭の一閃も彼女なりのルールと倫理に従ってのものである。

ナルシテは一ヶ月近く、休暇と称して消息を絶っていた。
その事実は彼に絆された使用人達が隠しており、改めて送り込んだスパイと触手人の証言を元にラデュレが懇切丁寧に聞き出したことで明らかになった。
ナルシテには五年前、青い空の日に上位種の貴族や探索者に向けて性転換ビームを乱射した罪がある。
この事から彼はこの地に軟禁され、規定の年月が経つまで出てはならないと命じられていたはずだ。
今では笑い事だが、当時はそうではなかった。得体の知れないユニークが登録されていなかったことに含め、性を転換される、というのは純血を尊ぶ種に取ってはかなり致命的な問題である。
個人差があるとも当時は分かっておらず、一族の繁栄に関わると早とちりした貴族種から猛抗議が入り、現在でも睨んでいる状態だ。
ナルシテが脱走した、と聞けばより厳しい処罰を命じられるのは明白だ。どのような刑かは分からないが、犯罪奴隷行きはなくともより厳しい行動制限がかかるに違いない。

故にラデュレは考えた。
先に死体をお出しすれば怒り所も無くすだろうと。
この世界には死者を蘇生させる術がある。大金が必要であり、大掛かりな儀式とその人物の魂の強度に依存するものだが、ナルシテならば問題は無い。
死は重たい罰として認識される。一度死ぬ……という事実はおそらく無視できないだろう。なんなら、死という事実により適当な許されてしかるべき内容をでっち上げることだって出来る。
もっとも拒否されるだろう。誰だって死にたくないものだ。
だからこその不意打ちの奇襲だった。手心を加えて首を一撃で、なんてラデュレは思ったのだが、流石に失敗した。
腐っても竜という事実に素直にラデュレは感服した。

一撃を外してしまった謝罪として、淡々とナルシテにラデュレが攻撃の意図を説明するとナルシテの目が何故かどんどん死んでいく。

「……言いたいことは分かったが、嫌ですよ。一度だろうが死ぬのはごめんです。蘇生の許可も時間がかかるでしょう」


「はい」


「はいではないんですよ」


「ですが、このままではあなたが一ヶ月近く脱走していた事になりますよ。
そこに関してはどう落とし前をつけるおつもりで?」


「落とし前はつける気がありますがあなたのそれはやりすぎでは?」


「過剰な罰を与えると人間って不思議で引くんですよね。戻った時の後ろ盾って多い方がよくないですか?」


「蘇生前提で考えないでくれます?」


ナルシテにはそんなに死後の褥につく予定はない。
もとより生にしがみつくタイプ。一度の死だってごめんだし、ラデュレは軽く考えているがそんなに簡単に蘇生ができるのは最高位探索者でも半数と言われるほどだ。
時間も手間もかかるし、それこそ蘇ったとしてラデュレを含めた複数人に借りを作る事になる。
フィアールカ達の事を思えば、そんな余裕もないし時間もない。目が覚めて全部終わっているのはまっぴらだった。

「……異世界の渡航券を手に入れています。向こうで手に入れた利益をこちらに持ってくる、というので手を打っていただけませんかね」


「まとまった商談が行えるわけではないですし、それをナルシテ―ト様一人で行うのはやはり難しいかと。異世界、というものを私は迷宮しか存じ上げませんが、あれだって未知の素材を手に入れた場合、鑑定と検疫の手間暇は膨大なものです。
鑑定スキル持ちは少ないですしね」


「ですよね」



ラデュレはナルシテの内心を見透かすように目を細めた。

「向こうで何か気にかかることでも?あるいは、その胸の内を埋めるものがあったのでしょうか」


「……一か月。道楽で済ませるにはいささか厳しい事ばかりがおきまして。アタシとしても、このまま放置するわけにはいかないんです」


「それは奥方が住んでいたこの世界より大事なものですか?」



ナルシテ―トは、どうしてそれがそこに飛ぶのかわからず困惑した。
その困惑顔に、ラデュレは柔らかくほほ笑む。かの竜人は市井で生きてきた経験が長い、竜人の教育でも、こういった精神のあり方について学ぶことは少ないという。
ラデュレは自分の考えを開示した。

「ナルシテ―ト様。我々は。いいえこのラデュレはこう思っております。
貴族たるもの、上位身分を持つもの、強者たるもの、下位の者を統べる事に責任を持てと。
この私もそうです。勇者と呼ばれ、血なまぐさい日々を送るのはこの世界に住む人類全てのためであります。
私が歩けば100の人が救われ、私が剣を振れば1000の人が救われ、私が一匹殺せば10000の人が救われると思っております。常にだれかを救う事を我々は義務付けられているのです」


それは行き過ぎた救世主のような、自負というには重たすぎる使命感だ。
ラデュレのそれは過言である。最も、過言ではあるが、全くの事実無根ではない。
彼女は多くの人を救っている。過去の被害者も、未来の被害者も、圧倒的なまでの暴力による粛清で救いあげてきた。
勇者。

「ナルシテ―ト様。あなたが向こうでかけている気は、この世界で、あなたが魔具を作り、前線を支えることよりもより大事なことですか?」


ナルシテは言葉を受けて、少し考えた。何も言わなかった。
目を伏せて、ずっと思考を回している。

「君たちにとっては、きっと取るに足らない一個の命だ」

「はい」


「しかし、私はこれを見逃したら……愛する家族に、顔向けができない」


「愛する、ですか」



感傷的な言葉に、ラデュレは首をかしげる。

「愛していたの間違いでしょう。
ナルシテ―ト様、いつまで過去の愛に愛していると言わされているのです?


「……」


「不健全ですわ。そんなの、ただの妄念です。
義妹様も、奥方も、娘様も、もうあなたの事なんか愛しておりません



ばっさりだった。
酷い言葉だった。
それがどれだけ残酷なことか。
だが事実だ。少なくとも死んだ者はこの世界ではそれで終わったと扱われる。
蘇生、という裏技を使わなければ蘇ることもない。記憶の中のそれは、今の遺族に愛を囁いているわけでもない。

「死者は蘇らない限り愛など返さないのです。
あなたのその愛はアルバムに口づけているようなもの。
思い出を美化して飾り立てて、その飾りで記憶を隠しているにすぎません」


不健全だと指摘する。どう足掻いても、その思い出と共に腐り落ちるようなあり方は。

いい加減御認めになったら?みっともないですわ


「ラデュレ」


ナルシテは硬い声で問いかけた。

「君は確か、最高位探索者でしたね」



おや、とラデュレは首をかしげる。
激昂しなかったことへのおや、だった。
人って痛い事を突かれたら怒るものだけど、冷静になって振り返ると反省できるはずと口に出した事だった。怒らせること前提な辺り、これもまたろくでなしだ。
一方で、ナルシテの眼はただつめたい。

「勝負しよう。互いの望みを賭けて。勇者ならば受けていただけませんか」


「内容によります」


「アタシの領地を、極小種族の……亜人認定の降り切らない連中の保護区にしてほしいのです。そのために、亜人認定協会への働きかけをお願いしたく」


「異世界人のためですか?」


「どうでしょう、意外とただの純利益のためかもしれませんよ。昨今の只人差別団体や亜人差別団体の下地はこういった魔物ギリギリラインの連中の働きかけも多いでしょう」



ナルシテの考えは読みにくい。ただ、ラデュレは多分異世界人のためなんだろうと解釈した。
亜人に厳しい世界だ。弱者に厳しい世界だ。この世界は混濁している。
異世界の住人なんて居場所は少ないだろう。
只人なら恐らくこういう申し出はしない。相手は亜人なのだろうかとぼんやりとラデュレは考えた。
亜人未満の種と言うのは存在する。そういったものを集める事に関しては別段、否定はしない。動機が不純だ、と指摘するのはよしておいた。
その代わり。

「私が勝ったら、では。もう二度とそこに行かないでください。どう見たってあなたの様子は健全ではありません。きちんと上位種の面子がたつよう、謝罪会見も行いましょう」


「……いいですよ」



そう答えるしかあるまい。
ラデュレに問答無用で暴力を振るわれるのも、駄々をこねられるのも困る。
勇者、という称号は決してだてではなく、勝負事がめっぽう好きな彼女の気質を揶揄されたものでもある。持ちかけられた事の勝敗に対して忠実であるところだけ、まだ褒められた部類ではあった。
ナルシテの首元の目が浮き上がる。
ラデュレは笑っている。

「ハンデもつけてあげます。迷宮にあまり向かえないナルシテ―ト様と、迷宮を殺している私では差がありますから。公平ではありません。
ナルシテ―ト様が私に一発でも当てられたら、どのような結果であれ、ナルシテ―ト様のお望みをかなえるつもりでいますよ」



ある種自身が不利になるような事を条件として付けくわえながら彼女はグラディウスを握った。
公平であり、誠実であり、善である。少なくとも、ラデュレはそうあらんとしているからこその発言だ。傲慢でもある。

「お土産、買う暇ないかもな……」



どこか他人事みたいな言葉を他所に、ラデュレは一歩踏み込んだ。