RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

失血

撃ち逃げである。
当たったかは分からないが、残した浮遊眼では、微かに手の甲を掠っていた気がした。
ラデュレの慢心に胡坐をかいた形だ。バッドイヴニングのテラリウム・ブックをこんな形で使用する事になるとは思わなかった。
それでも攻撃をやめなかったのか空間に亀裂が入ったのを確認したため、プラエドの合鍵を使ってさらに空間を移動することになったのはお笑い種だが。

「はっ……はっ……」

他人の部屋がアッという間に大量の鮮血で汚されていく。
品のいい部屋を思いっきり出血で汚す事に、ナルシテは失血で妙に冷めた考えでまあええか……みたいな気持ちになりつつあった。そもそもそれどころではない。
半ばから断たれた尾と、手首から先が無くなった片腕の治療のが先である。

「いッ……」

ユニークで強引に傷をなかったことにしてもよかったが、戻った時が怖い。止血はさっさと済ませた方がいい、という意識から強引にビームで傷を焼いてしまう。
飛び跳ねまわる悲鳴を噛み殺して謝罪しながらベッドシーツを剥ぐ。
勝手に使ってゴメン。なんか詫び状とか送るかもしれない。
片腕なのでたどたどしく傷口をシーツを包帯替わりに巻いて、べちょっと自分の血だまりに転がった。

「ああ~~~も~~~~すみません~~~」

全に。
白々しい。
勇者ラデュレが自分に対して何かしらの感情を抱いていたのは知っていたが、あんなに短絡に殺しにくるとは思わなかった。
やらかした自覚があれど、実際のところ品行方正におとなしくしていたナルシテが多少抜け出したとして領地の経営が今すぐ傾くわけがない。なんでこんなに血なまぐさくなっているのかはややナルシテにもよくわからなくなっていた。
何より、もとより計画していた事案を想った以上に急ピッチに進むことに青息吐息が確定する。
とはいえど、まあ。
ラデュレが味方についてくれるなら、もう受け入れにはそう不安がない。
あれはアレが望むように良い変化を起こす歩くニトログリセリンみたいなものだ。
あの世界に限って言えば、悪い事にはならない。外に出たら知らない。出ないだろうと思っている。そこまで考えなしではあるまい。

「はー……」

欠損は。
誤魔化せないだろう。流石に。
生やす事はできるかしら。尻尾も、いろんな方に素敵だと言われていたのになくしてしまった。
手がないのは不自由だし、やる事も多い。
考えることが山ほどあるというのは助かった。

思えば、あの一幕はいつぞやにナルシテがそうなればいいと思った光景の一つだった。
気が狂い切って、悪徳に狂ったまま討たれたいと願ったあの日、ラデュレは淡々とそれを引き戻した。


じわ、と血が流れていく。
鮮血だ。
自分の血に溺れるように目を閉じた。血は止まっていたが、血が足りなさ過ぎて眠い。
人の部屋を汚し倒した挙句眠るというのはどうなのだろうと冷静に思うが、動けないのだから仕方がない。願わくば家主が帰ってこなきゃいいくらいだ。怒られる。

ぱちっと意識がそのまま飛んだ。

終わったら、帰らなければならない。