RECORD
Eno.232 シャルティオ&キィランの記録
【惑える心は牢の奥】
◇
「アンディルーヴ魔導王国が第二王子、
フェンドリーゼ・アンディルーヴ、只今帰還しました」
「……シャルティオ・アンディルーヴ、帰還しました」
「キィラン・リリィス、帰還致しました」
魔導王国の王宮、女王フォルーシアのいる玉座の間、
3人の人物が膝をついている。
玉座の女王は美しい白い髪を長い三つ編みにし、その瞳は空の色。
シャルティオと少し似た雰囲気を持っている。
「お帰りなさい、皆。
さて、私が帰還命令を出した理由は……分かっているわね?」
「……帝政アルドフェックの不穏、だろ、母さん。
で、俺たちは何をすれば良いんだい?」
フェンドリーゼの色違いの瞳が、油断なく光っている。
この母親を、完全には信用していないかのように。
女王はフェンドリーゼだけを見て答えた。
「フェン、おまえには私個人から密命があるわ。
だからおまえは……いや、おまえの従者もこの部屋に残りなさい。
シャルには用なんてないから、
おまえはさっさと地下の部屋に戻りなさい。
おまえが外に出られたのは、
そこが異界という特別な場所だったからです。
おまえには本来ならばそのような自由などないと、
分かっているわよね?」
「…………はい」
母の言葉に、シャルティオはうなだれる。
分かっている、分かっているんだ。
この世界に於ける自分に価値なんて、ないこと。
このまま何も変わらなければ、
閉じ込められ利用されるだけで終わってしまうこと。
部屋に戻りたくなかった。地下牢みたいなあそこは嫌いだ。
けれど母の命令には、絶対的な響きがあって。
逆らえないのだ、どうしても。
縋るように傍の兄を見た。
兄の袖をぎゅっと引っ張ったが、兄はこちらを見てくれなかった。
口元にはいつもの笑み、けれどこちらを決して見ない。
今の兄は助けてくれない? どうして?
どこかで思っていた。
あちらからこちらに帰ったのなら、
何かが変わるって、ちゃんと必要とされるって。
けれど兄はこちらを見ないし、
母も、地下に戻りなさいと言う。
何にも変わらない、日常へ──。
国が荒れ始めている今、シャルティオは、
自分の力が必要とされると思っていた。
それはただの傲慢な勘違いだったの?
「聞こえなかったのかしら。
シャルティオ、おまえは地下の部屋に戻りなさい。
何度も言わせないで。私は暇ではないのよ」
「………………はい」
逆らえない。
震える身体を抱きしめて、いつもの部屋への道を行く。
玉座の間を出る刹那、風の魔法で声が届いた。
『──万事、上手くいくから。
俺を信じて、シャルティオ!』
はっとなって振り返る。兄はこちらを見ていない。
魔法で声だけ届かせて、その瞳は母を見て。
信じて良いのかな、とシャルティオは思う。
兄さんには何か策があるのかな、信じていたら助けてくれるかな、
ここに僕の居場所は出来るのかな。
分からなくて、心は惑った。
他に縋るものもなかったから、
兄の言葉を心の中、何度も反芻した。
◇
地下への階段をひとり、歩く。
厳重に閉ざされた扉の向こう、整えられた部屋ひとつ。
忌むべき存在とされた王子はこの部屋に閉じ込められ、
そこから出るなんて考えたこともなく。
結局はまた、牢獄の部屋へ逆戻り。
暴れれば自由になれた? 何でずっと従っているのかな。
部屋に戻れば、外から鍵の掛かる音。
誰かに閉められた、もう出られない。
何でかな、何でこんな現実を受け入れているのかな。
自由の味を知ったのに。
確かに強くなれたはずなのに。
なのにどうして今、まだ、こんなところに僕はいるの。
疑問に思えるようになれただけでも、
進歩はしたのかな、どうなのかな。
「リオ……おねーちゃ……おにーちゃ……」
もう夢は終わったんだ。
呼んでも誰も来てくれないって、分かっているのにさ。
牢獄にいるのが当たり前だったから、
自分の意思ではそこを出られない。
大嫌いなはずのそこが、自分の当たり前の居場所だった。
部屋の僅かな隙間からつむじ風が入ってきていたことになんて
気付かぬまま、無駄に豪華な寝台の上、少年は目を閉じた。
未来が見えなかった、何をすれば良いのか分からなかった。
兄さんはこんな僕に何を求めるの、
兄さんが僕に望むものは何?
本当は国の為に動きたいのに、
命じられたのは地下の部屋へ行けとだけ。
逆らおうにも逆らえない己が、
ひたすらにもどかしくて、苦しかった。
「……あれ、僕、こんな、だった、っけ」
後日譚01 惑える心は牢の奥
【惑える心は牢の奥】
◇
「アンディルーヴ魔導王国が第二王子、
フェンドリーゼ・アンディルーヴ、只今帰還しました」
「……シャルティオ・アンディルーヴ、帰還しました」
「キィラン・リリィス、帰還致しました」
魔導王国の王宮、女王フォルーシアのいる玉座の間、
3人の人物が膝をついている。
玉座の女王は美しい白い髪を長い三つ編みにし、その瞳は空の色。
シャルティオと少し似た雰囲気を持っている。
「お帰りなさい、皆。
さて、私が帰還命令を出した理由は……分かっているわね?」
「……帝政アルドフェックの不穏、だろ、母さん。
で、俺たちは何をすれば良いんだい?」
フェンドリーゼの色違いの瞳が、油断なく光っている。
この母親を、完全には信用していないかのように。
女王はフェンドリーゼだけを見て答えた。
「フェン、おまえには私個人から密命があるわ。
だからおまえは……いや、おまえの従者もこの部屋に残りなさい。
シャルには用なんてないから、
おまえはさっさと地下の部屋に戻りなさい。
おまえが外に出られたのは、
そこが異界という特別な場所だったからです。
おまえには本来ならばそのような自由などないと、
分かっているわよね?」
「…………はい」
母の言葉に、シャルティオはうなだれる。
分かっている、分かっているんだ。
この世界に於ける自分に価値なんて、ないこと。
このまま何も変わらなければ、
閉じ込められ利用されるだけで終わってしまうこと。
部屋に戻りたくなかった。地下牢みたいなあそこは嫌いだ。
けれど母の命令には、絶対的な響きがあって。
逆らえないのだ、どうしても。
縋るように傍の兄を見た。
兄の袖をぎゅっと引っ張ったが、兄はこちらを見てくれなかった。
口元にはいつもの笑み、けれどこちらを決して見ない。
今の兄は助けてくれない? どうして?
どこかで思っていた。
あちらからこちらに帰ったのなら、
何かが変わるって、ちゃんと必要とされるって。
けれど兄はこちらを見ないし、
母も、地下に戻りなさいと言う。
何にも変わらない、日常へ──。
国が荒れ始めている今、シャルティオは、
自分の力が必要とされると思っていた。
それはただの傲慢な勘違いだったの?
「聞こえなかったのかしら。
シャルティオ、おまえは地下の部屋に戻りなさい。
何度も言わせないで。私は暇ではないのよ」
「………………はい」
逆らえない。
震える身体を抱きしめて、いつもの部屋への道を行く。
玉座の間を出る刹那、風の魔法で声が届いた。
『──万事、上手くいくから。
俺を信じて、シャルティオ!』
はっとなって振り返る。兄はこちらを見ていない。
魔法で声だけ届かせて、その瞳は母を見て。
信じて良いのかな、とシャルティオは思う。
兄さんには何か策があるのかな、信じていたら助けてくれるかな、
ここに僕の居場所は出来るのかな。
分からなくて、心は惑った。
他に縋るものもなかったから、
兄の言葉を心の中、何度も反芻した。
◇
地下への階段をひとり、歩く。
厳重に閉ざされた扉の向こう、整えられた部屋ひとつ。
忌むべき存在とされた王子はこの部屋に閉じ込められ、
そこから出るなんて考えたこともなく。
結局はまた、牢獄の部屋へ逆戻り。
暴れれば自由になれた? 何でずっと従っているのかな。
部屋に戻れば、外から鍵の掛かる音。
誰かに閉められた、もう出られない。
何でかな、何でこんな現実を受け入れているのかな。
自由の味を知ったのに。
確かに強くなれたはずなのに。
なのにどうして今、まだ、こんなところに僕はいるの。
疑問に思えるようになれただけでも、
進歩はしたのかな、どうなのかな。
「リオ……おねーちゃ……おにーちゃ……」
もう夢は終わったんだ。
呼んでも誰も来てくれないって、分かっているのにさ。
牢獄にいるのが当たり前だったから、
自分の意思ではそこを出られない。
大嫌いなはずのそこが、自分の当たり前の居場所だった。
部屋の僅かな隙間からつむじ風が入ってきていたことになんて
気付かぬまま、無駄に豪華な寝台の上、少年は目を閉じた。
未来が見えなかった、何をすれば良いのか分からなかった。
兄さんはこんな僕に何を求めるの、
兄さんが僕に望むものは何?
本当は国の為に動きたいのに、
命じられたのは地下の部屋へ行けとだけ。
逆らおうにも逆らえない己が、
ひたすらにもどかしくて、苦しかった。
「……あれ、僕、こんな、だった、っけ」