RECORD
Eno.255 Siana Lanusの記録








*
──その報せは、ある時突然訪れた。
少なくともシアーナの視点からは、予兆などひとつも無かった。
秘密裏に漏れ出ていた毒物が流れの中に解き放たれていたことを、
広い世界で見ても主要な人物でもない彼女には、知るよしも無かった。
これからの振る舞いに悩む村村に言葉を残し歩ませ、概ねシアーナの旅路は順調であった。
“今”を護る事に固執していたが故に立ち往生していた人々に、
『この状況は試練であり、立ち向かい乗り越える事を神は望まれているのだ』と、
あたかも創壁神の教えを告げる者のように述べ、人々を活動へと差し向けて行っていた。
シアーナたちは、己たちの信仰対象であるル・ティアーを信仰しよと広める事が目的では無い。
その言葉、導きに従うことこそが彼らの信仰。
つまりは停滞を脱し、人々に自ら活動をさせることこそが、この信仰を体現するものであった。
創壁神の教えを広めているように見せかけて信条を浸透させる事自体には何の問題も無く、
故にシアーナがそう告げたところで、それに反発する創壁神信者というのはさほどは居なかった。
シアーナが僅かに抱いていた状況への不安も緩やかに解消されて来た中、
次に寄った村で、それは唐突に告げられる。


……同意する罵声と口撃が、村の主導者だろう男の言葉に追従する。
状況がいまいち飲み込み切れない中、けれども明確な敵意に、
シアーナは危機を感じて翻し村を後にした。
魔物が出ると言われている近隣の森まで戻っては、
人目に付かないために木の上まで登ってから、ようやく息をついて村の方向へと視線を向けた。
……外部から来た人間が拒絶されること自体は仕方のない事で、
彼らの信仰に反して受け入れられず『邪教』と呼ばれるのもまたさほどおかしな話でも無い。
──だが『勇者が明らかにした』という言葉は、何かがおかしい。
勇者が、我々の所業に気付いたらしいのだ。
魔物の襲撃の裏に、我々の策があった事を見破ったらしいのだ。
……現場の前や最中が見つかっていたなら、判明はもう少し早いはずだ。
暗殺対象の中に生き残りがいた場合もまた、話が広まるのはもっと早くなければおかしい。
現場の後を追うにしても、多くの現場は魔物に既に破壊されていて調べるのも困難なはずで、
己たちの中にスパイが居たとしたなら、作戦が起きる前に妨げられていたはずだ。
……自分たちが見落とした痕跡があって、
それを勇者たちに追われた、と。
痕跡を追うのに時間が掛かってこんな微妙なタイミングに判明したのだろうと、薄い線で納得する他なく、
その疑問は一先ず横へと置いておく。
──それよりも、現状への対応を考えなければならない。

こんな辺境の村で伝わっているのだ、
恐らく境会経由で広まった情報だろう。
勇者が境会にその事実を告げて、各地の村街に広まっているはずだ。
人々を混乱に陥れた黒幕の存在が明らかになったというのなら、民心の向かう心情は早々に難くない。
<b>──邪教徒狩り、だ。<>
魔物に襲われたのは邪教のせい。
世の中が混乱しているのは邪教のせい。
自分たちは間違っていない、邪教が全て悪い。
自分たちは間違っていないから変わらなくていい、
邪教が間違ってそのとばっちりを受けただけだ。
邪教徒を排せば、元の平和な生活が戻ってくる。と。
全ての禍事を邪教のせいとして、それを吊るし上げる。
なまじ魔物の被害に遭った村や人は、
それに対する憎悪を強く抱いて苛烈に処するのだろう。

身分を隠して他の村に立ち入るのも現状では危険だ。
生まれや住まいを離れて旅をしている人間、というだけで
邪教徒だとして吊るしあげられる可能性は否めない。
ひとは己の行動を正義だと信じた時
信じられないほど苛烈に、盲目になる。
気配は感じられないが、先程の村の誰かが自分を着けて来てる可能性もある以上
今他の仲間に魔道具で連絡を取る事は危険だ。
腕のいい盗賊は気配を完全に隠す事も出来るものだし、
腕のいい魔術師は魔法の痕跡を辿る事が出来るものだ。
こんな辺境の村には居ないなどと決め付けるのは危険なこと。
常に最大限に警戒をし続けておかねば、命の危険に繋がる。
焦る気持ちをどうにか諌めつつ、木を下りては村の方向には背を向けて速歩で歩き出す。

懐にしまった小さな巾着を片手で握っては、
引き返す道を急いで行った。
◆汚濁

「──邪教が、魔物を操って?」

「……嗚呼。聖職者たちを殺して街を魔物に襲わせたのは、
組織だった人間の仕業では無いか……と思って調べてたんだが、
どうもビンゴだったらしい」

「……すごいですね、サイナル。
そんな情報を一体どこから」

「邪教……、そんな、どうしてそんな事を……」

「…………パトゥル。
彼奴等放っておけば、更なる混沌を齎しかねません」

「嗚呼、分かっている。
……無辜な多くの人間を護るためには、
仕方がないよな……?人間を、……殺すのも……」

「……大丈夫だ。勇者であるお前が正義なんだ、
誰もが理解してくれるし、天使様も認めてるんだ。
うかうかしてられない、早く行こうぜ」

「……そうだな。
勇者である俺が、やらなきゃいけない」
*
──その報せは、ある時突然訪れた。
少なくともシアーナの視点からは、予兆などひとつも無かった。
秘密裏に漏れ出ていた毒物が流れの中に解き放たれていたことを、
広い世界で見ても主要な人物でもない彼女には、知るよしも無かった。
これからの振る舞いに悩む村村に言葉を残し歩ませ、概ねシアーナの旅路は順調であった。
“今”を護る事に固執していたが故に立ち往生していた人々に、
『この状況は試練であり、立ち向かい乗り越える事を神は望まれているのだ』と、
あたかも創壁神の教えを告げる者のように述べ、人々を活動へと差し向けて行っていた。
シアーナたちは、己たちの信仰対象であるル・ティアーを信仰しよと広める事が目的では無い。
その言葉、導きに従うことこそが彼らの信仰。
つまりは停滞を脱し、人々に自ら活動をさせることこそが、この信仰を体現するものであった。
創壁神の教えを広めているように見せかけて信条を浸透させる事自体には何の問題も無く、
故にシアーナがそう告げたところで、それに反発する創壁神信者というのはさほどは居なかった。
シアーナが僅かに抱いていた状況への不安も緩やかに解消されて来た中、
次に寄った村で、それは唐突に告げられる。

「────そうやって取り入るつもりだろう、邪教徒が!
その手口はもう勇者様が明らかにしたぞ!」

「……は?」
……同意する罵声と口撃が、村の主導者だろう男の言葉に追従する。
状況がいまいち飲み込み切れない中、けれども明確な敵意に、
シアーナは危機を感じて翻し村を後にした。
魔物が出ると言われている近隣の森まで戻っては、
人目に付かないために木の上まで登ってから、ようやく息をついて村の方向へと視線を向けた。
……外部から来た人間が拒絶されること自体は仕方のない事で、
彼らの信仰に反して受け入れられず『邪教』と呼ばれるのもまたさほどおかしな話でも無い。
──だが『勇者が明らかにした』という言葉は、何かがおかしい。
勇者が、我々の所業に気付いたらしいのだ。
魔物の襲撃の裏に、我々の策があった事を見破ったらしいのだ。
……現場の前や最中が見つかっていたなら、判明はもう少し早いはずだ。
暗殺対象の中に生き残りがいた場合もまた、話が広まるのはもっと早くなければおかしい。
現場の後を追うにしても、多くの現場は魔物に既に破壊されていて調べるのも困難なはずで、
己たちの中にスパイが居たとしたなら、作戦が起きる前に妨げられていたはずだ。
……自分たちが見落とした痕跡があって、
それを勇者たちに追われた、と。
痕跡を追うのに時間が掛かってこんな微妙なタイミングに判明したのだろうと、薄い線で納得する他なく、
その疑問は一先ず横へと置いておく。
──それよりも、現状への対応を考えなければならない。

「……最悪ね」
こんな辺境の村で伝わっているのだ、
恐らく境会経由で広まった情報だろう。
勇者が境会にその事実を告げて、各地の村街に広まっているはずだ。
人々を混乱に陥れた黒幕の存在が明らかになったというのなら、民心の向かう心情は早々に難くない。
<b>──邪教徒狩り、だ。<>
魔物に襲われたのは邪教のせい。
世の中が混乱しているのは邪教のせい。
自分たちは間違っていない、邪教が全て悪い。
自分たちは間違っていないから変わらなくていい、
邪教が間違ってそのとばっちりを受けただけだ。
邪教徒を排せば、元の平和な生活が戻ってくる。と。
全ての禍事を邪教のせいとして、それを吊るし上げる。
なまじ魔物の被害に遭った村や人は、
それに対する憎悪を強く抱いて苛烈に処するのだろう。

「……詳しい情報が欲しいとこだけど、
今はまだ危ないわね。……拠点の方に引き返すか」
身分を隠して他の村に立ち入るのも現状では危険だ。
生まれや住まいを離れて旅をしている人間、というだけで
邪教徒だとして吊るしあげられる可能性は否めない。
ひとは己の行動を正義だと信じた時
信じられないほど苛烈に、盲目になる。
気配は感じられないが、先程の村の誰かが自分を着けて来てる可能性もある以上
今他の仲間に魔道具で連絡を取る事は危険だ。
腕のいい盗賊は気配を完全に隠す事も出来るものだし、
腕のいい魔術師は魔法の痕跡を辿る事が出来るものだ。
こんな辺境の村には居ないなどと決め付けるのは危険なこと。
常に最大限に警戒をし続けておかねば、命の危険に繋がる。
焦る気持ちをどうにか諌めつつ、木を下りては村の方向には背を向けて速歩で歩き出す。

「…………絶対、死んでたまるものですか」
懐にしまった小さな巾着を片手で握っては、
引き返す道を急いで行った。