RECORD

Eno.637 ナルシテート・スラミガル・ビビの記録

カルラはナルシテに似た黒い肌と、金の髪をしていた。
体格や顔つきは母のジゼルに似ていたが、総合すると父似という扱いになるだろう。

「おとぉさん」

垂れがちな紫のまあるい瞳。ヴルドゴルムの血筋───調査の結果、ナルシテの父だと思われる流れの竜人の目の色が紫だから、隔世遺伝したのだろう───らしい、高貴な色をしていた。
菫色というよりは葡萄に近い色。
彼女は小柄な体躯に長すぎる尾を引きずって、ナルシテの隣に座る。

「どうしたの、カルラ」
「なんでもないときちゃだめ?」
「ううん、うれしいよ」

開いていた本を閉じて目線を合わせる。
ナルシテよりもうんと小さい彼女は、上から降り注ぐ視線に照れくさそうに笑って頭をナルシテの太い腕に預ける。
ぐり、と押し付けられると金の髪がもつれて少し乱れた。
10歳の頃の彼女は人に触ったり引っ付いたりするのが大好きだった。特にナルシテは体が大きいから凭れやすいのか、遠慮なく体を押し付けてくることが多い。
ナルシテは爪で彼女を傷つけないように、乱れた髪を整えてあげる、

「今日は何をしたの?」
「お勉強~。算数と、国語と、歴史と……あとなに?魔術の文字?とか」

そういいながら、自分の髪を直してくれている手をとって、節の丸い小さな指でくるくると掌に文字を書こうとする。
つたない指の動き。ナルシテはそれに目を細めて、今度お父さんも教えてやろうか、なんて囁いた。
カルラはあまりうれしくなさそうに唇を尖らせた。炉が一つしかないカルラは、それに加えてあまり魔術の才もない。苦手な事をするのが嫌だ、と堂々と顔に刻むのにナルシテはこらえきれず少し吹き出した。
その仕草にカルラは少し機嫌が悪そうに唸ると、自分が不利な話題から別の話題へと切り替える。

「そういえばさ、かるらって、どういう意味?」
「ん?」
「名前は意味があるんだよってせんせがいってたの。魔術的にも意味があるんだって。
カルラって、どういう意味?」

ぱち、と瞬きをした。
名前の意味を問われて、なんだか気恥ずかしくなる。
子供の名前を考えるのは親の特権だが、名乗って恥ずかしくないものをというのと、様々な意味について複雑に考えすぎ、迷走した思い出がよみがえった。
しかし期待に輝く娘の顔に、ナルシテははぐらかす事もせず、照れくさげにはにかむ。

「自由って意味」
「自由?」
「竜人には、たくさんやらなきゃいけないことがあるからね。カルラ。
お前が、そういったものに縛られきらず……たくさん自分のために幸せになってほしいってつけたんだよ。昔の言葉なんだ」
「そうなんだ」

名づけの際に調べた古代語のうちのひとつ。響きと、幻獣の名前でもあるカルラ、という意味に惹かれてつけた。
天候と家内安全をつかさどる神様だというそれにお前が守られたらいいと思って、というのは流石に伏せておきつつ、自由、というものの膨大な望みを込めたのだと言えば、カルラもまた照れくさそうに目を瞬かせる。

「おとうさんの名前は?どんな意味?」
「ん……、おとうさんはね、元々ナルスって名前だったんだよ」
「ナス?」
「ナルス。近くの洞窟とかから取った名前じゃなかったかな。ナルスボル窟っていうが短い洞窟あってね……」
「えー?」

ナルシテは捨て子だ。
調べてもらった結果、黒耳長の血が混じっており、近くに歓楽街があったのが明らかになっている。
黒耳長の娼婦が産んで捨てたのだろう、というのがナルシテの母への推測だった。なぜ捨てたかは分からないが、村人たち同様に竜人というものに知識がなかったかもしれない。
名前は確か村長がつけた。簡素な名前だが、口でいうほど嫌いではない。
今ではもう一切名乗ってはいないが、アレも大事なナルシテの名前だ。

「貴族位を貰う際に名前を改めてね。ナルシテ―トはビビ家の親類の方からもらったんだよ。意味は……」

そこまで言って、ナルシテは少し眉を下げた。

「おとおさん?」
「自分を好きになってねってことだったかな」

ナルシテ―ト。名前の由来はナルシズムからだ。
自己をうぬぼれるほど愛せ、という暑苦しいお言葉と共に頂いたのだが、由来が由来なだけにやや微妙な気持ちがある。
情けなく言うナルシテに、カルラは小さく笑った。

「どうしてわらうの」
「へんなの。おとうさん、いっぱい皆に大好きってしてもらってるのにね」

ナルシテは、少しあっけにとられてカルラを見た。
紫の瞳が下から見上げている。
「カルラも、おとうさんがだいすきよ」

可愛らしくはにかむ顔が、ゆっくりと崩れていく。

「ああ、私も……」

それでもなお、濁った瞳とつぶれた血の匂いを嗅ぎながら、ナルシテは寂し気に思い出を閉じた。