RECORD
Eno.232 シャルティオ&キィランの記録
元の世界に帰っても、日常は変わらなくて。
兄さんに言われた「信じて」を心の中で転がしながら、
牢獄のような地下の部屋で時を過ごす。
変わりたいと思ったのに、変われると思ったのに。
それなのにどうして、どうして──
そんな、ある日。
「……シャルティオ」
「…………ッ!」
地下の部屋に、訪問者。
それは僕のとても恐れる存在で。
声を聞いただけで、その青の瞳を見ただけで、
僕は怖くて、怖くて、動けなくなった。
フォーリン・アンディルーヴ。
魔導王国の第一王子にして、完璧主義な母さんの気質を継ぐ者。
僕の毒の血を集め武器として利用し、道具のように扱って。
最初から兄上の瞳には、
出来損ないの僕なんて、人間としては映っていない。
「シャルティオ」
「は、はい、あに、う、ぇ」
反射的に応えた。次は何をされるのかな。
僕は、このひとに、なに、を。
僕の身体が声が震えている。
兄上はそれを見て、満足そうに笑っていたんだ。
「きっと戦乱は避けられまい。
おまえのその、毒の力が必要だ」
牢の扉が開けられた。出られるなんて思わない。
兄上のその手にはナイフがひとつ。
あぁ、また、切り刻まれるの?
つぅ、と額を汗が伝う。
怖い、嫌だ、やめて、お願い。
言っても無駄な言葉たちは宙ぶらりん、
口にされることはなく。
心の底に刷り込まれたこの恐怖。
乗り越えることは、難しく。
そんな、とき。
──お前は、縛られてない。
──お前は、籠の中じゃない。
──お前は、もっと自由に羽ばたけるんだ。
──お前に、光あれ!
記憶の底、宝石がきらめく。
約束交わした君の言葉を、思い出した。
「…………ぼく、は」
身じろぎ。
ナイフ近付け嗤う長兄を見上げる。
怖い、逆らえない、違う、僕は。
入り混じる感情が、声を上げる。
「何だ、シャルティオ、哀れな道具よ出来損ないよ!
この僕に逆らおうというのか?」
「──僕、は!」
ぱりん、と、心の中で何かが砕けた音がした。
秘めていた鬱屈が、叫びが、声を上げて。
「──ふざけんなよフォーリンッ!」
跳躍、思い切り手を伸ばした。
ぱしん、と大きな音。
そこにナイフがあるのも忘れて、僕の手は兄上の頬に。
驚いた顔の兄上は、呆気に取られて尻餅をつく。
僕はその上に馬乗りになって、叫んでいた。
「僕は道具じゃない出来損ないじゃない!
お前に利用されるだけの哀れな弟じゃないッ!
ふざけんな──ふざけんなッ!
僕には僕の、生まれた意味が──ッ!」
兄上のナイフを蹴り飛ばし、素手で僕は兄上を殴った。
溢れかえるこの怒りの感情を、鎮めることが出来なくて。
「待てシャルティオ! 痛い!
貴様、次期王位継承者の僕にこんなことして──」
「うるさい黙ってろクソ野郎ッ!」
頬を毒の涙が伝う。
お前のせいで、僕はどれだけ、苦しめられて!
その根っこには母さんもいたのだろうけれど、
母さんに対して僕は、それでも愛のようなものは抱いていたし。
でもこの兄上には愛なんてない。
だから僕は、殴り続──
「──そこまでです、シャル様!」
け、られなかった。
「シャル様は、人殺しになられるおつもりですかッ!」
茶色の髪に青いリボンが踊る。
いつになく鋭い輝き宿したツートーンが、
睨むように僕を見ていた。
「……キィ、ル」
引き離される。
そのどこにそんな力があったのだろう。
キィランだって、華奢なはずなのに。
僕にたくさん殴られた兄上が、血を流しながら呻いていた。
はっとなった僕の中から、溢れる感情が引いていく。
「……ちが、ぼく、は」
「……シャル様は優しいから、
これまでは素直に怒ったことがないのでしょう。
大丈夫、私が止めます、止められます。そして」
キィランが兄上に、向き直る。
「……シャル様はもう、か弱い道具ではない。
フォーリン様、それをお忘れなきように」
その声は、釘を刺すように。
変わりたいと思っていた、自由になりたいと願っていた。
けれど溢れる感情を抑えられなくて、
危うく人殺しになるところだった。
兄上に負の感情を抱いてはいたが、殺したい程ではなく。
キィランが止めてくれなかったら、どうなっていたことか。
それだけの力はあったのに。
僕は弱いのだと思っていたから、
行使することが出来なくて。
「ふざけ、る、な……。ふざけるな、シャルティオ!
この僕を馬鹿にして……僕の顔に傷をつけて! 覚えていろ!」
兄上と僕の間に割って入るようにして、
キィランが応える。
「女王陛下に言い付けるおつもりですかぁ?
その歳にもなって親離れ出来ぬ王子様も、哀れなものですねぇ」
「貴様……ただの従者のくせにこの僕を、
フォーリン・アンディルーヴを愚弄するか!」
「…………女王陛下に伝えるのなら」
に、と笑うキィランの声が、低くなった。
「……シャル様をいつまで閉じ込めておくつもりですか。
そろそろいい加減にしないと、
フェン様も黙っておりませんよ、と」
兄さんに兄上は命令出来ない。
兄さんはいつも自由で、好き放題生きていて。
それゆえに、誰も縛れない。
僕のはじめての反抗、裏で動いているらしき兄さん。
これを機に何かが変わる?
変われば良いな、と。
僕はお守りのようなタグプレートに、そっと触れたのだ。
◇
次の日から、僕の部屋の場所が変わった。
地下から城の最上階へ。
城の中だけならば、自由に出歩きしても構わない、
という、制約つきで。
あの日以来、兄上は僕を道具扱いすることはなくなった。
腫れ物に触るよう、僕には出来るだけ
関わらないよう動くようになった。
勇気をもらえたのは、反抗出来たのは、
リオとおねーちゃんのお陰だから。
「……僕はここで、元気にやってる」
虚勢じゃないよ、本当だよ。
万事上手く行くって兄さんは言ってた。
きっとこれから、変わっていくんだから。
嵐の気配は何処かにあれど、
その果てに良い方に行けるって、信じている。
後日譚03 はじめての、反抗
元の世界に帰っても、日常は変わらなくて。
兄さんに言われた「信じて」を心の中で転がしながら、
牢獄のような地下の部屋で時を過ごす。
変わりたいと思ったのに、変われると思ったのに。
それなのにどうして、どうして──
そんな、ある日。
「……シャルティオ」
「…………ッ!」
地下の部屋に、訪問者。
それは僕のとても恐れる存在で。
声を聞いただけで、その青の瞳を見ただけで、
僕は怖くて、怖くて、動けなくなった。
フォーリン・アンディルーヴ。
魔導王国の第一王子にして、完璧主義な母さんの気質を継ぐ者。
僕の毒の血を集め武器として利用し、道具のように扱って。
最初から兄上の瞳には、
出来損ないの僕なんて、人間としては映っていない。
「シャルティオ」
「は、はい、あに、う、ぇ」
反射的に応えた。次は何をされるのかな。
僕は、このひとに、なに、を。
僕の身体が声が震えている。
兄上はそれを見て、満足そうに笑っていたんだ。
「きっと戦乱は避けられまい。
おまえのその、毒の力が必要だ」
牢の扉が開けられた。出られるなんて思わない。
兄上のその手にはナイフがひとつ。
あぁ、また、切り刻まれるの?
つぅ、と額を汗が伝う。
怖い、嫌だ、やめて、お願い。
言っても無駄な言葉たちは宙ぶらりん、
口にされることはなく。
心の底に刷り込まれたこの恐怖。
乗り越えることは、難しく。
そんな、とき。
──お前は、縛られてない。
──お前は、籠の中じゃない。
──お前は、もっと自由に羽ばたけるんだ。
──お前に、光あれ!
記憶の底、宝石がきらめく。
約束交わした君の言葉を、思い出した。
「…………ぼく、は」
身じろぎ。
ナイフ近付け嗤う長兄を見上げる。
怖い、逆らえない、違う、僕は。
入り混じる感情が、声を上げる。
「何だ、シャルティオ、哀れな道具よ出来損ないよ!
この僕に逆らおうというのか?」
「──僕、は!」
ぱりん、と、心の中で何かが砕けた音がした。
秘めていた鬱屈が、叫びが、声を上げて。
「──ふざけんなよフォーリンッ!」
跳躍、思い切り手を伸ばした。
ぱしん、と大きな音。
そこにナイフがあるのも忘れて、僕の手は兄上の頬に。
驚いた顔の兄上は、呆気に取られて尻餅をつく。
僕はその上に馬乗りになって、叫んでいた。
「僕は道具じゃない出来損ないじゃない!
お前に利用されるだけの哀れな弟じゃないッ!
ふざけんな──ふざけんなッ!
僕には僕の、生まれた意味が──ッ!」
兄上のナイフを蹴り飛ばし、素手で僕は兄上を殴った。
溢れかえるこの怒りの感情を、鎮めることが出来なくて。
「待てシャルティオ! 痛い!
貴様、次期王位継承者の僕にこんなことして──」
「うるさい黙ってろクソ野郎ッ!」
頬を毒の涙が伝う。
お前のせいで、僕はどれだけ、苦しめられて!
その根っこには母さんもいたのだろうけれど、
母さんに対して僕は、それでも愛のようなものは抱いていたし。
でもこの兄上には愛なんてない。
だから僕は、殴り続──
「──そこまでです、シャル様!」
け、られなかった。
「シャル様は、人殺しになられるおつもりですかッ!」
茶色の髪に青いリボンが踊る。
いつになく鋭い輝き宿したツートーンが、
睨むように僕を見ていた。
「……キィ、ル」
引き離される。
そのどこにそんな力があったのだろう。
キィランだって、華奢なはずなのに。
僕にたくさん殴られた兄上が、血を流しながら呻いていた。
はっとなった僕の中から、溢れる感情が引いていく。
「……ちが、ぼく、は」
「……シャル様は優しいから、
これまでは素直に怒ったことがないのでしょう。
大丈夫、私が止めます、止められます。そして」
キィランが兄上に、向き直る。
「……シャル様はもう、か弱い道具ではない。
フォーリン様、それをお忘れなきように」
その声は、釘を刺すように。
変わりたいと思っていた、自由になりたいと願っていた。
けれど溢れる感情を抑えられなくて、
危うく人殺しになるところだった。
兄上に負の感情を抱いてはいたが、殺したい程ではなく。
キィランが止めてくれなかったら、どうなっていたことか。
それだけの力はあったのに。
僕は弱いのだと思っていたから、
行使することが出来なくて。
「ふざけ、る、な……。ふざけるな、シャルティオ!
この僕を馬鹿にして……僕の顔に傷をつけて! 覚えていろ!」
兄上と僕の間に割って入るようにして、
キィランが応える。
「女王陛下に言い付けるおつもりですかぁ?
その歳にもなって親離れ出来ぬ王子様も、哀れなものですねぇ」
「貴様……ただの従者のくせにこの僕を、
フォーリン・アンディルーヴを愚弄するか!」
「…………女王陛下に伝えるのなら」
に、と笑うキィランの声が、低くなった。
「……シャル様をいつまで閉じ込めておくつもりですか。
そろそろいい加減にしないと、
フェン様も黙っておりませんよ、と」
兄さんに兄上は命令出来ない。
兄さんはいつも自由で、好き放題生きていて。
それゆえに、誰も縛れない。
僕のはじめての反抗、裏で動いているらしき兄さん。
これを機に何かが変わる?
変われば良いな、と。
僕はお守りのようなタグプレートに、そっと触れたのだ。
◇
次の日から、僕の部屋の場所が変わった。
地下から城の最上階へ。
城の中だけならば、自由に出歩きしても構わない、
という、制約つきで。
あの日以来、兄上は僕を道具扱いすることはなくなった。
腫れ物に触るよう、僕には出来るだけ
関わらないよう動くようになった。
勇気をもらえたのは、反抗出来たのは、
リオとおねーちゃんのお陰だから。
「……僕はここで、元気にやってる」
虚勢じゃないよ、本当だよ。
万事上手く行くって兄さんは言ってた。
きっとこれから、変わっていくんだから。
嵐の気配は何処かにあれど、
その果てに良い方に行けるって、信じている。