RECORD

Eno.232 シャルティオ&キィランの記録

後日譚03 はじめての、反抗

 

 元の世界に帰っても、日常は変わらなくて。
 兄さんに言われた「信じて」を心の中で転がしながら、
 牢獄のような地下の部屋で時を過ごす。

 変わりたいと思ったのに、変われると思ったのに。
 それなのにどうして、どうして──

 そんな、ある日。

「……シャルティオ」
「…………ッ!」

 地下の部屋に、訪問者。
 それは僕のとても恐れる存在で。
 声を聞いただけで、その青の瞳を見ただけで、
 僕は怖くて、怖くて、動けなくなった。

 フォーリン・アンディルーヴ。
 魔導王国の第一王子にして、完璧主義な母さんの気質を継ぐ者。
 僕の毒の血を集め武器として利用し、道具のように扱って。

 最初から兄上の瞳には、
 出来損ないの僕なんて、人間としては映っていない。

「シャルティオ」
「は、はい、あに、う、ぇ」

 反射的に応えた。次は何をされるのかな。
 僕は、このひとに、なに、を。

 僕の身体が声が震えている。
 兄上はそれを見て、満足そうに笑っていたんだ。

「きっと戦乱は避けられまい。
 おまえのその、毒の力が必要だ」

 牢の扉が開けられた。出られるなんて思わない。
 兄上のその手にはナイフがひとつ。
 あぁ、また、切り刻まれるの?

 つぅ、と額を汗が伝う。
 怖い、嫌だ、やめて、お願い。
 言っても無駄な言葉たちは宙ぶらりん、
 口にされることはなく。

 心の底に刷り込まれたこの恐怖。
 乗り越えることは、難しく。

 そんな、とき。

──お前は、縛られてない。
──お前は、籠の中じゃない。
──お前は、もっと自由に羽ばたけるんだ。

──お前に、光あれ!


 記憶の底、宝石がきらめく。
 約束交わした君の言葉を、思い出した。

「…………ぼく、は」

 身じろぎ。
 ナイフ近付け嗤う長兄を見上げる。
 怖い、逆らえない、違う、僕は。

 入り混じる感情が、声を上げる。

「何だ、シャルティオ、哀れな道具よ出来損ないよ!
 この僕に逆らおうというのか?」
「──僕、は!」

 ぱりん、と、心の中で何かが砕けた音がした。
 秘めていた鬱屈が、叫びが、声を上げて。

「──ふざけんなよフォーリンッ!」

 跳躍、思い切り手を伸ばした。
 ぱしん、と大きな音。
 そこにナイフがあるのも忘れて、僕の手は兄上の頬に。

 驚いた顔の兄上は、呆気に取られて尻餅をつく。
 僕はその上に馬乗りになって、叫んでいた。

「僕は道具じゃない出来損ないじゃない!
 お前に利用されるだけの哀れな弟じゃないッ!
 ふざけんな──ふざけんなッ!
 僕には僕の、生まれた意味が──ッ!」


 兄上のナイフを蹴り飛ばし、素手で僕は兄上を殴った。
 溢れかえるこの怒りの感情を、鎮めることが出来なくて。

「待てシャルティオ! 痛い!
 貴様、次期王位継承者の僕にこんなことして──」
「うるさい黙ってろクソ野郎ッ!」

 頬を毒の涙が伝う。
 お前のせいで、僕はどれだけ、苦しめられて!

 その根っこには母さんもいたのだろうけれど、
 母さんに対して僕は、それでも愛のようなものは抱いていたし。

 でもこの兄上には愛なんてない。
 だから僕は、殴り続──

「──そこまでです、シャル様!」

 け、られなかった。

「シャル様は、人殺しになられるおつもりですかッ!」

 茶色の髪に青いリボンが踊る。
 いつになく鋭い輝き宿したツートーンが、
 睨むように僕を見ていた。

「……キィ、ル」

 引き離される。
 そのどこにそんな力があったのだろう。
 キィランだって、華奢なはずなのに。

 僕にたくさん殴られた兄上が、血を流しながら呻いていた。
 はっとなった僕の中から、溢れる感情が引いていく。

「……ちが、ぼく、は」
「……シャル様は優しいから、
 これまでは素直に怒ったことがないのでしょう。
 大丈夫、私が止めます、止められます。そして」

 キィランが兄上に、向き直る。

「……シャル様はもう、か弱い道具ではない。
 フォーリン様、それをお忘れなきように」

 その声は、釘を刺すように。

 変わりたいと思っていた、自由になりたいと願っていた。
 けれど溢れる感情を抑えられなくて、
 危うく人殺しになるところだった。

 兄上に負の感情を抱いてはいたが、殺したい程ではなく。
 キィランが止めてくれなかったら、どうなっていたことか。

 それだけの力はあったのに。
 僕は弱いのだと思っていたから、
 行使することが出来なくて。


「ふざけ、る、な……。ふざけるな、シャルティオ!
 この僕を馬鹿にして……僕の顔に傷をつけて! 覚えていろ!」

 兄上と僕の間に割って入るようにして、
 キィランが応える。

「女王陛下に言い付けるおつもりですかぁ?
 その歳にもなって親離れ出来ぬ王子様も、哀れなものですねぇ」
「貴様……ただの従者のくせにこの僕を、
 フォーリン・アンディルーヴを愚弄するか!」
「…………女王陛下に伝えるのなら」

 に、と笑うキィランの声が、低くなった。

「……シャル様をいつまで閉じ込めておくつもりですか。
 そろそろいい加減にしないと、
 フェン様も黙っておりませんよ、と」

 兄さんに兄上は命令出来ない。
 兄さんはいつも自由で、好き放題生きていて。
 それゆえに、誰も縛れない。

 僕のはじめての反抗、裏で動いているらしき兄さん。
 これを機に何かが変わる?

 変われば良いな、と。
 僕はお守りのようなタグプレートに、そっと触れたのだ。

  ◇

 次の日から、僕の部屋の場所が変わった。
 地下から城の最上階へ。
 城の中だけならば、自由に出歩きしても構わない、
 という、制約つきで。

 あの日以来、兄上は僕を道具扱いすることはなくなった。
 腫れ物に触るよう、僕には出来るだけ
 関わらないよう動くようになった。

 勇気をもらえたのは、反抗出来たのは、
 リオとおねーちゃんのお陰だから。

「……僕はここで、元気にやってる」

 虚勢じゃないよ、本当だよ。
 万事上手く行くって兄さんは言ってた。
 きっとこれから、変わっていくんだから。

 嵐の気配は何処かにあれど、
 その果てに良い方に行けるって、信じている。