RECORD
Eno.232 シャルティオ&キィランの記録
元の世界に帰還してから、少しずつ何かが変わっていく。
あるじの企む計画、もうひとりのあるじの反抗。
新しい風が吹いたのなら、
もうあるじとは居られないのだろうけれど。
「…………おや」
そんなある日、王宮で。
キィラン・リリィスは、とある人物とすれ違った。
◇
淡紫の髪に淡い青の瞳。
纏うは深い紫の、丈の長いローブ。
明けようとする夜空のような青年が、
生真面目な顔で本を抱えて足早に通り過ぎていく。
その人物を見るなり、
キィランはにぃと悪戯っぽく笑って、
「お久しゅうございます──お兄様?」
声を掛けた。
青年がその声にびく、と肩を震わせて、
キィランの方を見た。
「お前は……アル──」
「今はキィランと名乗っております。
捨てた名前で呼ぶのはやめて下さいな?
アルバ・アステール」
青年の言葉を遮って、キィランはにこやかに微笑んだ。
「……今更、本物の家族に未練なぞ御座いませんので。
アルバ様は、王宮に御用事ですか。
フェン様への用事ならば、私が取り次ぎましょうか」
「…………キィラ、ン」
アルバと呼ばれた青年の瞳が、迷うように揺れた。
「……私の用事は王宮の図書館だが。
……なぁキィラン、私は、お前とは仲良しの兄弟だと」
「やめて下さい。
私は今に満足しておりますので。
踏み込まないでくれませんか?」
青年の言葉を、拒絶する。
「私を悪魔の星だと呼んで捨てておいて、今更、何を?
助けて欲しかった時に来なかったくせに、
今更、優しいお兄様の顔をするのですか?」
拒絶はしたのに、話しかけたのはこちらの方。
縁を絶ったままでいたかったのなら、
見なかった振りをすれば良かったのに。
また会ってしまったから、勝手に心は揺れて。
この兄からすれば、良い迷惑なのだろう。
「……キィラン。私はそれでも」
「失礼致しました、それでは」
青年の言葉を遮って、早足で近くの部屋へと消える。
心乱されると分かっていたのに、
どうして、どうして、話し掛けたのだろう。
「……アル」
困惑したような青年の声が、
広い廊下にぽつん、投げられた。
◇
分かっていたんだ、本当は後からでも、
家族の温もりが欲しかったこと。
本当の両親はそれを許してはくれまいが、
優しく真面目なこの兄ならば、
彼なりに自分を愛してくれること。
(でもさ、兄さんもアステールの血を引いてるじゃん。
“夜明け”と“悪魔の星”は、一緒にはいられねェんだよ)
フェンドリーゼら兄弟を見て、不思議な感情を抱いていた。
あるじたちは、自分とは違って、
普通に仲良くしても良い兄弟のはずなのにな。
どうして、いつもすれ違ったままなんだろう。
乱れる、乱れる、感情が乱れる。
本当の兄にすれ違っただけなのに、
おかしいな、苦しくてたまらないのだ。
「……フェン様では、
私の抱くこれも、理解は出来ぬのでしょうねぇ」
痛みを知らぬ、それこそが強み。分かっている。
だから自分で勝手に傷ついたこれも、
ひとりで抱えて何とかするのだ。
叶わぬ“もしも”を想った日もあった。
けれどその“もしも”の果てに、愛するあるじはいない。
「…………」
逃げ込んだ部屋にうずくまること少し。
深呼吸して、気持ちを落ち着かせて。
「……さて、また動きましょうか。
やらなきゃならねェ事務仕事がありますしぃ」
“愛されたい”なんて偽りだ。
あるじたちがいればそれで良いんだ。
そう思い込むことにして、
悪魔の星と呼ばれていた従者は、部屋の外へ出た。
後日譚04 悪魔の星の自傷自縛
元の世界に帰還してから、少しずつ何かが変わっていく。
あるじの企む計画、もうひとりのあるじの反抗。
新しい風が吹いたのなら、
もうあるじとは居られないのだろうけれど。
「…………おや」
そんなある日、王宮で。
キィラン・リリィスは、とある人物とすれ違った。
◇
淡紫の髪に淡い青の瞳。
纏うは深い紫の、丈の長いローブ。
明けようとする夜空のような青年が、
生真面目な顔で本を抱えて足早に通り過ぎていく。
その人物を見るなり、
キィランはにぃと悪戯っぽく笑って、
「お久しゅうございます──お兄様?」
声を掛けた。
青年がその声にびく、と肩を震わせて、
キィランの方を見た。
「お前は……アル──」
「今はキィランと名乗っております。
捨てた名前で呼ぶのはやめて下さいな?
アルバ・アステール」
青年の言葉を遮って、キィランはにこやかに微笑んだ。
「……今更、本物の家族に未練なぞ御座いませんので。
アルバ様は、王宮に御用事ですか。
フェン様への用事ならば、私が取り次ぎましょうか」
「…………キィラ、ン」
アルバと呼ばれた青年の瞳が、迷うように揺れた。
「……私の用事は王宮の図書館だが。
……なぁキィラン、私は、お前とは仲良しの兄弟だと」
「やめて下さい。
私は今に満足しておりますので。
踏み込まないでくれませんか?」
青年の言葉を、拒絶する。
「私を悪魔の星だと呼んで捨てておいて、今更、何を?
助けて欲しかった時に来なかったくせに、
今更、優しいお兄様の顔をするのですか?」
拒絶はしたのに、話しかけたのはこちらの方。
縁を絶ったままでいたかったのなら、
見なかった振りをすれば良かったのに。
また会ってしまったから、勝手に心は揺れて。
この兄からすれば、良い迷惑なのだろう。
「……キィラン。私はそれでも」
「失礼致しました、それでは」
青年の言葉を遮って、早足で近くの部屋へと消える。
心乱されると分かっていたのに、
どうして、どうして、話し掛けたのだろう。
「……アル」
困惑したような青年の声が、
広い廊下にぽつん、投げられた。
◇
分かっていたんだ、本当は後からでも、
家族の温もりが欲しかったこと。
本当の両親はそれを許してはくれまいが、
優しく真面目なこの兄ならば、
彼なりに自分を愛してくれること。
(でもさ、兄さんもアステールの血を引いてるじゃん。
“夜明け”と“悪魔の星”は、一緒にはいられねェんだよ)
フェンドリーゼら兄弟を見て、不思議な感情を抱いていた。
あるじたちは、自分とは違って、
普通に仲良くしても良い兄弟のはずなのにな。
どうして、いつもすれ違ったままなんだろう。
乱れる、乱れる、感情が乱れる。
本当の兄にすれ違っただけなのに、
おかしいな、苦しくてたまらないのだ。
「……フェン様では、
私の抱くこれも、理解は出来ぬのでしょうねぇ」
痛みを知らぬ、それこそが強み。分かっている。
だから自分で勝手に傷ついたこれも、
ひとりで抱えて何とかするのだ。
叶わぬ“もしも”を想った日もあった。
けれどその“もしも”の果てに、愛するあるじはいない。
「…………」
逃げ込んだ部屋にうずくまること少し。
深呼吸して、気持ちを落ち着かせて。
「……さて、また動きましょうか。
やらなきゃならねェ事務仕事がありますしぃ」
“愛されたい”なんて偽りだ。
あるじたちがいればそれで良いんだ。
そう思い込むことにして、
悪魔の星と呼ばれていた従者は、部屋の外へ出た。