RECORD

Eno.232 シャルティオ&キィランの記録

後日譚04 悪魔の星の自傷自縛


 元の世界に帰還してから、少しずつ何かが変わっていく。
 あるじの企む計画、もうひとりのあるじの反抗。
 新しい風が吹いたのなら、
 もうあるじとは居られないのだろうけれど。

「…………おや」

 そんなある日、王宮で。
 キィラン・リリィスは、とある人物とすれ違った。

  ◇

 淡紫の髪に淡い青の瞳。
 纏うは深い紫の、丈の長いローブ。
 明けようとする夜空のような青年が、
 生真面目な顔で本を抱えて足早に通り過ぎていく。

 その人物を見るなり、
 キィランはにぃと悪戯っぽく笑って、

「お久しゅうございます──お兄様?

 声を掛けた。
 青年がその声にびく、と肩を震わせて、
 キィランの方を見た。

「お前は……アル──」
「今はキィランと名乗っております。
 捨てた名前で呼ぶのはやめて下さいな?
 アルバ・アステール」

 青年の言葉を遮って、キィランはにこやかに微笑んだ。

「……今更、本物の家族に未練なぞ御座いませんので。
 アルバ様は、王宮に御用事ですか。
 フェン様への用事ならば、私が取り次ぎましょうか」
「…………キィラ、ン」

 アルバと呼ばれた青年の瞳が、迷うように揺れた。

「……私の用事は王宮の図書館だが。
 ……なぁキィラン、私は、お前とは仲良しの兄弟だと」
「やめて下さい。
 私は今に満足しておりますので。
 踏み込まないでくれませんか?」


 青年の言葉を、拒絶する。

「私を悪魔の星だと呼んで捨てておいて、今更、何を?
 助けて欲しかった時に来なかったくせに、
 今更、優しいお兄様の顔をするのですか?」

 拒絶はしたのに、話しかけたのはこちらの方。
 縁を絶ったままでいたかったのなら、
 見なかった振りをすれば良かったのに。

 また会ってしまったから、勝手に心は揺れて。
 この兄からすれば、良い迷惑なのだろう。

「……キィラン。私はそれでも」
「失礼致しました、それでは」

 青年の言葉を遮って、早足で近くの部屋へと消える。
 心乱されると分かっていたのに、
 どうして、どうして、話し掛けたのだろう。

「……アル」

 困惑したような青年の声が、
 広い廊下にぽつん、投げられた。

  ◇

 分かっていたんだ、本当は後からでも、
 家族の温もりが欲しかったこと。

 本当の両親はそれを許してはくれまいが、
 優しく真面目なこの兄ならば、
 彼なりに自分を愛してくれること。

(でもさ、兄さんもアステールの血を引いてるじゃん。
 “夜明け”と“悪魔の星”は、一緒にはいられねェんだよ)

 フェンドリーゼら兄弟を見て、不思議な感情を抱いていた。
 あるじたちは、自分とは違って、
 普通に仲良くしても良い兄弟のはずなのにな。
 どうして、いつもすれ違ったままなんだろう。

 乱れる、乱れる、感情が乱れる。
 本当の兄にすれ違っただけなのに、
 おかしいな、苦しくてたまらないのだ。

「……フェン様では、
 私の抱くこれも、理解は出来ぬのでしょうねぇ」

 痛みを知らぬ、それこそが強み。分かっている。
 だから自分で勝手に傷ついたこれも、
 ひとりで抱えて何とかするのだ。

 叶わぬ“もしも”を想った日もあった。
 けれどその“もしも”の果てに、愛するあるじはいない。

「…………」

 逃げ込んだ部屋にうずくまること少し。
 深呼吸して、気持ちを落ち着かせて。

「……さて、また動きましょうか。
 やらなきゃならねェ事務仕事がありますしぃ」

 “愛されたい”なんて偽りだ。
 あるじたちがいればそれで良いんだ。
 そう思い込むことにして、
 悪魔の星と呼ばれていた従者は、部屋の外へ出た。