RECORD
Eno.255 Siana Lanusの記録
◆泡沫
作戦実行のため、“邪教”の仮拠点は各地に存在していた。
主要都市の近辺の洞窟の一部を拠点にしていたそれらは、
元より住み着いていた魔物や魔獣もありふつう一般人の踏み入れる場所では無い。
仮に洞窟に踏み入れる冒険者が居たとしても、邪教の居る場所を割り出すのは困難だ。
整備されたダンジョンでは無いそれらは無数に枝分かれをし、道を知らない者に辿り着くことは難しい。
中央大陸東端、貿易都市イラクラアの付近にもそれはあった。
“邪教”の者にしか分からない印で示されてる道を辿った先、
臭気を伴った悪い予感は、予感通りの結果としてシアーナの目前にあった。

作戦を終えた後、各地にある拠点は幾つか放棄されてはいたが
この拠点はこの近辺の情報の収集と諜報と連絡とのために残されていた。
……それを、邪教騒ぎに乗じてこうして潰されている。
戦闘員の少ない拠点であったのか、殆どの死体は一撃で葬られた形跡があり、
死後に魔獣に喰われたのか身体の一部しか痕跡として残っていないのも少なからずある。
それは死後既に数日経った事を表すものでもあった。
知った顔の悲痛な死に顔を痛ましく見つめた後、シアーナはその仮拠点を後にする。
……帰りついでにいくつかの仮拠点の様子を見ているが、どの拠点もこんな有様だった。
“邪教”の存在が明らかになった後から、境会の動きがあまりにも早すぎる。
秩序を脅かす敵として排除すべきとされるとしても、
直接混沌を齎してる魔物の対応もしながらここまでの速度で対応されているのは───

人類の希望。
神の意志の体現者。
神の声を聴く選ばれし者。
それの言葉は正義であり平和の道標として、
何よりも優先すべき神の言葉として人々に響いているのだろう。
魔物が人間を襲うのは種族本能であるのに、“邪教”を倒せば各都市を襲う魔物が止まるとでも思っているのだろう。
嫌な汗が身体の中を伝う。
この一週間帰りついでに各拠点に寄っているが、自分に接触してくる仲間は居なかった。
こんな事になったらキシマ辺りが連絡を入れてきそうなものだが、
恐らくそんな事をしている場合でも無いのだろう。
下手に魔法を打って居場所を探知される可能性もある以上、
接触が無いのは賢明とも思いつつ、自分の居ないうちに彼らもまた境会の手に掛かっている可能性も否めない。
気持ちだけがはやり続けるが、いくつも壊滅した拠点を歩いてる以上、
直接元の拠点に戻るのは危険だ。
尾行されて仲間の居場所を敵に知らせてしまっては元も子も無い、
焦りは視野と思考を狭めて、犠牲を増やしたり己自身を犠牲にしてしまう。そんなこと、したくはない。
洞窟を出てまた森を行く。足取りは重いが、それでもシアーナは立ち止まる訳にはいかなかった。

──そんな中、一体の魔物がシアーナの元に近付いて来た。
大きな一つ目のその魔物は浮遊しゆらゆらと身を揺らしながら、シアーナの目前で立ち……浮き止まる。
容貌からして、ファハン種──と呼ばれる一つ目の魔物種族──の中でも低位のものだろう。
……多くの下位の魔物は人間の個を識別出来ず、単純な命令に従う事しか出来ない。
故に彼らは、彼らを支配した上位のもの──司教クランベルがたとえ仲間を傷付けるななどと命じていたとしても、
本能的な人間への加害に従うためにシアーナらには構わず襲ってくる……はずなのだが。
それは敵意無さげな瞳でシアーナを見つめ、
ひとつの羊皮紙を差し出した。
まるで『この人間に手紙を渡せ』と、今しがた何かに命じられたようなそれは、
手紙を渡すと何事も無かったかのように踵を返して去っていく。
呆然とその後ろ姿を見送った後、シアーナは羊皮紙を留める紐を千切る。
このタイミングに魔物を使って連絡をしようとする者が居たとするなら、それは司教だろう。
司教の身に何かがあったのかと、焦りの中で開いた紙には───
ひとつの魔法陣が描かれていた。
それが意味する事は、魔法使いでは無いシアーナには分からない。
けれども開き切られたその陣は開封と共に起動し───



───シアーナは次の瞬間には、
見覚えのある簡素な神殿の前に立っていた。
そして知った顔がいくつも並んでいる。
……先の魔法陣は転移魔法か何かなのだろう、
自分たちの本拠点へと送られたらしい。

司教の静かで重い、けれどその内に確かに震えを隠した声。
視線を向けたそれは背を向けていて、表情は見えない。

その震えが怒りなのか恐怖なのか、推し図る暇は無かった。
状況を無理矢理飲み込んで、概ねその意見には同意して、けれども、
『勇者が来る』───ただその言葉にひどく胸騒ぎがして、
シアーナは一度詰めた息を、じとりと吐き出した。
いかに勇者といえ、万能では無い。
精鋭を集めて挑めば勝機が無いことは無いだろう。
けれども、けれどもだ。
勇者は、神に選ばれた存在だ。
『──神にとって世界は、大きな装置なのかもしれないわ。
何かひとつの大きな目的を果たすための、装置』
いつか大きな仔羊に話した己の言葉を、唐突に思い出す。
勇者は、いわば神の手駒だ。
その手駒を動かして我々を滅しにくるのだ。
……勝ち目は、あるのだろうか?
勝てるわけない、とどこか本能的に意識が言う。
なにか、なにかが、分かってしまいそうな気がするのに、
あと一枚、思考に壁があるような感覚がある。
まるで神が敷いたような壁が、思考の先に一枚。
それを壊せばなにか、拓ける気がするのに。


思考の合間にひとり、言葉が挟まって
向き合った壁の姿は雲に隠れてしまう。
振り返れば金髪の司祭が、少し焦ったような様子で近付いてくる。


ざ、と視線を巡らしても、視界に入るのは10名ほどだ。
司教クランベル、司祭ヴェセンス、キシマ、他2名、
シスターキディア、他4名……。
流石にこの人数が生き残り全てという訳では無いだろうが、本来100人程度は居るはずの支川がこれ程までに減っている事には最早笑えてくる。
戦闘員となると、この中でも5人だけ。
──勝てるわけ無い。
意識がそう明言するのに、シアーナはひとり首を横に振る。
勝てないからと諦めるべきではなく、薄かろうと勝機を探すべきである。
勝てないなどという意識は持つべきでは無い。
それでもまるで決定事項のように脳裏にその声が張り付いていて、
幾度目か分からない溜息を吐いた。



この少数、限られた資源で出来る事など大して多くない。
殆ど捨て身の作戦にはなるだろうと、行動に不要な荷物を下ろしては装備を調えた。
──死にたくは無いが、
仲間を多く殺されてただ黙っては居たくはない。
変化は世界に必要で、自分たちは手段はともかく正しいことをした。
その事実を熟考もせずに否定する人々を、境会を、勇者を、
そして浅慮の上で同志たちを惨殺した愚衆たちを、
どうして抵抗もせずに見過ごす事などできようか。
殉教する気は無い。だが、黙っている気も無い。
いつものシスター服を纏い立ち上がって、此度の相方を見遣る。

……いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべたそのシスターは、
何故か、少し浮ついているようにも見えた。
────たった二日、たった一幕。
彼らが登場するサブクエスト『邪教排除』の短いストーリーが
まもなく幕を開ける。
主要都市の近辺の洞窟の一部を拠点にしていたそれらは、
元より住み着いていた魔物や魔獣もありふつう一般人の踏み入れる場所では無い。
仮に洞窟に踏み入れる冒険者が居たとしても、邪教の居る場所を割り出すのは困難だ。
整備されたダンジョンでは無いそれらは無数に枝分かれをし、道を知らない者に辿り着くことは難しい。
中央大陸東端、貿易都市イラクラアの付近にもそれはあった。
“邪教”の者にしか分からない印で示されてる道を辿った先、
臭気を伴った悪い予感は、予感通りの結果としてシアーナの目前にあった。

「…………ッ、」
作戦を終えた後、各地にある拠点は幾つか放棄されてはいたが
この拠点はこの近辺の情報の収集と諜報と連絡とのために残されていた。
……それを、邪教騒ぎに乗じてこうして潰されている。
戦闘員の少ない拠点であったのか、殆どの死体は一撃で葬られた形跡があり、
死後に魔獣に喰われたのか身体の一部しか痕跡として残っていないのも少なからずある。
それは死後既に数日経った事を表すものでもあった。
知った顔の悲痛な死に顔を痛ましく見つめた後、シアーナはその仮拠点を後にする。
……帰りついでにいくつかの仮拠点の様子を見ているが、どの拠点もこんな有様だった。
“邪教”の存在が明らかになった後から、境会の動きがあまりにも早すぎる。
秩序を脅かす敵として排除すべきとされるとしても、
直接混沌を齎してる魔物の対応もしながらここまでの速度で対応されているのは───

「…………勇者のせいね、きっと」
人類の希望。
神の意志の体現者。
神の声を聴く選ばれし者。
それの言葉は正義であり平和の道標として、
何よりも優先すべき神の言葉として人々に響いているのだろう。
魔物が人間を襲うのは種族本能であるのに、“邪教”を倒せば各都市を襲う魔物が止まるとでも思っているのだろう。
嫌な汗が身体の中を伝う。
この一週間帰りついでに各拠点に寄っているが、自分に接触してくる仲間は居なかった。
こんな事になったらキシマ辺りが連絡を入れてきそうなものだが、
恐らくそんな事をしている場合でも無いのだろう。
下手に魔法を打って居場所を探知される可能性もある以上、
接触が無いのは賢明とも思いつつ、自分の居ないうちに彼らもまた境会の手に掛かっている可能性も否めない。
気持ちだけがはやり続けるが、いくつも壊滅した拠点を歩いてる以上、
直接元の拠点に戻るのは危険だ。
尾行されて仲間の居場所を敵に知らせてしまっては元も子も無い、
焦りは視野と思考を狭めて、犠牲を増やしたり己自身を犠牲にしてしまう。そんなこと、したくはない。
洞窟を出てまた森を行く。足取りは重いが、それでもシアーナは立ち止まる訳にはいかなかった。

『…………』
──そんな中、一体の魔物がシアーナの元に近付いて来た。
大きな一つ目のその魔物は浮遊しゆらゆらと身を揺らしながら、シアーナの目前で立ち……浮き止まる。
容貌からして、ファハン種──と呼ばれる一つ目の魔物種族──の中でも低位のものだろう。
……多くの下位の魔物は人間の個を識別出来ず、単純な命令に従う事しか出来ない。
故に彼らは、彼らを支配した上位のもの──司教クランベルがたとえ仲間を傷付けるななどと命じていたとしても、
本能的な人間への加害に従うためにシアーナらには構わず襲ってくる……はずなのだが。
それは敵意無さげな瞳でシアーナを見つめ、
ひとつの羊皮紙を差し出した。
まるで『この人間に手紙を渡せ』と、今しがた何かに命じられたようなそれは、
手紙を渡すと何事も無かったかのように踵を返して去っていく。
呆然とその後ろ姿を見送った後、シアーナは羊皮紙を留める紐を千切る。
このタイミングに魔物を使って連絡をしようとする者が居たとするなら、それは司教だろう。
司教の身に何かがあったのかと、焦りの中で開いた紙には───
ひとつの魔法陣が描かれていた。
それが意味する事は、魔法使いでは無いシアーナには分からない。
けれども開き切られたその陣は開封と共に起動し───

「…………は?」

「シアーナ?!」

「…………シアーナ、お前も無事だったんだな。よかった」
───シアーナは次の瞬間には、
見覚えのある簡素な神殿の前に立っていた。
そして知った顔がいくつも並んでいる。
……先の魔法陣は転移魔法か何かなのだろう、
自分たちの本拠点へと送られたらしい。

「…………シスター・シアーナ、状況は知っているな」
司教の静かで重い、けれどその内に確かに震えを隠した声。
視線を向けたそれは背を向けていて、表情は見えない。

「これから──我らが本川の元に、勇者が来る。
恐らく、諸悪の根源を断つために。
…………俺たちは何としてもそれを、止めなければならない」
その震えが怒りなのか恐怖なのか、推し図る暇は無かった。
状況を無理矢理飲み込んで、概ねその意見には同意して、けれども、
『勇者が来る』───ただその言葉にひどく胸騒ぎがして、
シアーナは一度詰めた息を、じとりと吐き出した。
いかに勇者といえ、万能では無い。
精鋭を集めて挑めば勝機が無いことは無いだろう。
けれども、けれどもだ。
勇者は、神に選ばれた存在だ。
『──神にとって世界は、大きな装置なのかもしれないわ。
何かひとつの大きな目的を果たすための、装置』
いつか大きな仔羊に話した己の言葉を、唐突に思い出す。
勇者は、いわば神の手駒だ。
その手駒を動かして我々を滅しにくるのだ。
……勝ち目は、あるのだろうか?
勝てるわけない、とどこか本能的に意識が言う。
なにか、なにかが、分かってしまいそうな気がするのに、
あと一枚、思考に壁があるような感覚がある。
まるで神が敷いたような壁が、思考の先に一枚。
それを壊せばなにか、拓ける気がするのに。

「──シスター・シアーナ!
よかった、君にも連絡がついて。強引に喚び寄せてしまってごめんね?」

「……プリースト・キシマ。
やっぱあんたが喚んだのね」
思考の合間にひとり、言葉が挟まって
向き合った壁の姿は雲に隠れてしまう。
振り返れば金髪の司祭が、少し焦ったような様子で近付いてくる。

「他の支川達は?」

「あちこちに散らばってるし追っ手を警戒してるのもあって中々連絡が付かないんだ。
とりあえず喚び寄せられそうなメンバーを喚んで……見ての通り」
ざ、と視線を巡らしても、視界に入るのは10名ほどだ。
司教クランベル、司祭ヴェセンス、キシマ、他2名、
シスターキディア、他4名……。
流石にこの人数が生き残り全てという訳では無いだろうが、本来100人程度は居るはずの支川がこれ程までに減っている事には最早笑えてくる。
戦闘員となると、この中でも5人だけ。
──勝てるわけ無い。
意識がそう明言するのに、シアーナはひとり首を横に振る。
勝てないからと諦めるべきではなく、薄かろうと勝機を探すべきである。
勝てないなどという意識は持つべきでは無い。
それでもまるで決定事項のように脳裏にその声が張り付いていて、
幾度目か分からない溜息を吐いた。

「…………それで、策は考えてあるの?プリースト・ヴェセンス」

「……知っての通りル・ティアー様はこの湖から離れる事は出来ない。
この地に向かってくる勇者や境会をここで迎え撃つ事になるだろう。
キシマの情報によれば、24〜48時間以内に敵は此処に辿り着くはずだ。
偵察をシスター・キディアとシスター・シアーナに一任する。
境会の少数であればそのまま始末しろ、
多勢もしくは勇者であれば後退して後ろに控える俺たち司祭と合流しろ」

「……承知」
この少数、限られた資源で出来る事など大して多くない。
殆ど捨て身の作戦にはなるだろうと、行動に不要な荷物を下ろしては装備を調えた。
──死にたくは無いが、
仲間を多く殺されてただ黙っては居たくはない。
変化は世界に必要で、自分たちは手段はともかく正しいことをした。
その事実を熟考もせずに否定する人々を、境会を、勇者を、
そして浅慮の上で同志たちを惨殺した愚衆たちを、
どうして抵抗もせずに見過ごす事などできようか。
殉教する気は無い。だが、黙っている気も無い。
いつものシスター服を纏い立ち上がって、此度の相方を見遣る。

「……頑張りましょうね、シアーナ。
散ってしまった意志が大海に至るために」
……いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべたそのシスターは、
何故か、少し浮ついているようにも見えた。
────たった二日、たった一幕。
彼らが登場するサブクエスト『邪教排除』の短いストーリーが
まもなく幕を開ける。