RECORD
友人
……彼は、この男の、生涯唯一といえる友人だ。
もともとは、紙袋で顔を隠した、酒場の隅に座る不気味な男。
時折、ぼそ、と酒場の会話へと反応する。
同じように隅に居座る自分と、何となく価値観が合うなぁなどと思っていた。
***

「ね、ディミオス。
久々に、本物の死刑執行、してみませんか?」
『……うむ?
それはどういう考えの下でだ』


「私ねェ、もともと、死刑の予定だったんですよ。
それを此処に引っ張ってこられちまったもんだから…
そうですね、罪を償えてない状態。といいますか」
大嘘ばかりを並べ立て。
自らの快楽を求めていた。
あるいは、恐れていた。自分の言葉で他人が変わってしまう事を。
殺し殺される以外を私は知らないから…安心できるいつもの関係に、戻りたくて。
納得させられそうな言葉を探す。

「敬虔な私としては、早いとこ赦されてェワケですよ」

「刑を執行していただく事で清らかな体になって、
……だけどなァ、私ァあまりに、凡夫なもので……
いざとなったら暴れて逃げ出してしまいそうで」

「つまりですね。
本気で私の首落としに来ませんか?
当然、私もアナタの事を本気で殺りにいきますが」
『ふむ――――そういう事なら
執行人ディミオス
そちらの死合を受けよう』
『死を欲する者に深き慈悲を』

「抱きしめたい気分ですよ、兄さん。
しっかりと、昇天させてくださいね…」
私の嘘に終始、真摯に応えてくれた。
私の望みをかなえようと。


「執行、される方は、初めてなんですか?
ディミオスの初めての人に、なっちゃったかもしれません?」
『……ハハ、覚えちゃ……いないな………』

「あァ、じゃあ、私とのやつだけ覚えててくださいよ!
何千何万繰り返した、殺る方よりも、殺られる時の方が、
ずっと鮮烈に、アナタに残ってくれますよ」

「──祈りの言葉なんて知らなくて、すみませんね!」
『ハ、祷りなき切っ先など、覚えてやる価値もないよ』
***
この後、私が彼を殺したことをすっかり忘れてしまった彼と
どう接せばよいのか分からなかった。
殺し合う関係、ではないのなら、これは一体何なのか。
***
ずっと横で見ていた。
物静かで、優しくて、そっと佇み側にいて。
人の力になりたがる
私なんかの言葉をしっかり聞いて。
こんな私を、信頼して。
自身の在り方まで変えてくれるのだ。
自分もそのように、真摯で在れればいいと思うのだ。
どうせ、頭の中の声が無茶苦茶にしてしまうそれを。
あなたに、『友』と呼ばれるこの状態を。
守りたいと。
***
『…ありがとうな、アルア。友と言ってくれて』

「いつも素直だなァ……
まぁ、そこは、それで、いいですよ。アナタは」
『…うむ、"幸せ" だな』

「……私は………… 話をするのが、下手で」

「いつもいい加減なことばかり言って。嘘ばかりついて。いますが」

「あなたを友と、呼びたいのは、本当で。
──かつて。
誰かに処刑されるならあなたがいいなと思っていたのも、本当で」
すっかり、大事なものが増えてしまった。
どうでもよくなんて、したくなくなってしまったな。
それは、とてもうれしい事。

「あなたが幸福であると、うれしい」
『そうか…お前の本音が聞けて良かったよ』
『…まあ、"あの時のように双戦斧を振るってやれる事は"もう無いだろうが
……今は、恐らくその必要もないのだろう』

「……う、ぇ、はァ?」

「……アナタ、忘れてたんじゃなかったんですか?」
『いや、完全に忘れてた筈なんだが…なぁ
お前を見てたら、なんか思い出したわ…』

「……えぇ、もう今は……、それは必要ないです」
『…まあ、熱烈なアレは
受け取っておくよ』

「う、ぐ、もう、もう忘れてください……
それなら、それで、
こっちだってそのつもりで接する用意がですね…」

それでも、私を友と呼ぶのか。
何て言うか、本当に。

お人よしだな……。
***

「そういや、名前って、そのまま《ノーウェア》を名乗ってるんです?
…や、別に、アナタが気に入ってるんならいいんですけどね。
私が気に入らないだけで」
『今はプラエドが考えた候補を元に名前を決めてる最中だ…
だが如何せん、中々決まらなくてなぁ…』
そう、彼の本名を気に入らないと。
そんな名前変えちまえと言い放ったそんな不遜な言葉だって
彼は真剣に、考えてくれていたのだ。
挙げられた幾つかの名前。

「──そん中でしたら、私ァ、『ノア』が好きです」

「名付けられた名から、不要なものをそぎ落とした、反抗の名だ」
『なるほど…ノーウェアから削ぎ落としたという事か』
『大分、気に入らないんだな…本名』

「休息 って意味である事も、気に入りましたよ。
死…… 処刑ってのは、そういう側面もあるように思いますんでね……」
『…そうなのだよな?
死による執行は苦痛無き安寧を齎すと、私はずっと信じているのだよ』
安らかに眠れるように、罪が雪がれるようにと

「そう、死はそう悪いもんじゃない……」

「──誰にでも平等に訪れると、信じていた。その点だけはどうも違うようですが」

「だからです。だから。私がアナタ方の幸福を、願うのは」
アルア・フィフスは友人に顔を晒させ、名を変えさせた。
これがエピソードのうちのひとつ。