RECORD
あい つなぐもの ここのつ
「っ……
シスターちがう!ちがうの!ごめんなさい!
ぼく…ただ……ただ…」
腰ほどの背丈しか無い幼い子。
その子供の手には、更に小さな小鳥が冬場の氷に似た冷たさで落ちている。
子供の腕に付着した色彩は、狩りをした獣の様な雰囲気を漂わせているけれど、表情だけは怯える様に”わたし”を見つめていた。

「…大丈夫ですよ
怒りに来た訳じゃありませんから」
聖職衣の裾を汚さない様に手で抑えながら、子供の前に膝をつけば視線を合わせる。
上から見下ろされると、何処か不安になる事は知っていたから。

「あなたサマのお話が聞きたかっただけです
…何度も教会に来てくださってましたよね」
道を失くした子の様に、彷徨っていた視線がわたしに留まる。
子供の丸い瞳の中でちいさなわたしが反射して、ガラス玉の中に納まっている光景に微笑みを返した。
わたしはあなたサマを傷つけない、と。
「………ぼく……ぼく、ね…」

「……」
雨季の空を思い出させる大粒の雫。
子供の頬を流れるのは、ただの水だけではなくて
溢れる思いが震える声と共に口から零れ落ちていくのだろう。
それらをひとつも取り零さない様に、子供は頷きながら声を聞いていく。
普通が当たり前の場所で、何処かそのレールに乗る事が出来なかった声を聞いている。
「……えを……絵をかくのが…すきなの…」
「……はい」
「じょうずに…かけたら…みんな、よろこんでくれて……だから、もっとじょうずにかきたくて…」
「……」
「だから……だから……
…もっと…みたくて……だって、きれいだから…」
褒めてもらえた記憶に充実感。
幼さ故にそれを自身の長所や存在意義だと信じ込み、何処までも湧き出る探求心と欲求を止める理由も分からない。
そんな……ただの……
「ダメなのかな……ぼく…へんだって…」

「変ではありませんよ
…だから、こんなにも泣いているのでしょう…?」

「あなたサマがこの地に共に暮らす隣人で、可愛らしい子である事に変わりはありませんよ
…それは変質ではなく、違いというだけなのですから」
個性とでも言うべきでしょうか。
子供の表情を窺いながら、言葉に補足を混ぜながら静かに声を掛けていく。
きっと、痛い拒絶は何度も受けただろうから。

「……あなたサマはどうしたいですか…?」
「…どう……?」

「はい
わたしは……ただのシスターです
あなたサマの抱えた思いを聞くことは出来ても、歩む道を決める事は出来ませんから」
けれど、何を選んだとしても非難をする事は無いと告げる。
誰かを非難できる程に出来た人間では無いから。
心を保つ為の優しい抱擁が必要であれば、わたしはちいさなあなたサマを抱きしめるでしょう。
全てを諦める為に厳しく矯正されたければ、普通に合わせた言葉を贈りましょう。
選択をする事さえ苦痛であれば、今はただ隣に居るだけの頼りない存在となりましょう。
そのどれもが、子供の思いを汲み取ったものであればともかく…
一方的な自己満足であってはいけないから、あなたの意思を聞いて顔を見つめている。
「ぼく……は……おかあさんに…かなしいってされたくない
ともだちに…へんだって、いわれたくない……
…でも…でも、ね…
えは…え、は…まだかきたいの…」
目元を赤く染めながら、子供はわたしの反応を見る。
拒絶される事が恐いと…どうしても見つめる瞳は、染まってしまうものなのでしょう。

「…がんばって話してくれてありがとうございます
はい…それがあなたサマのお望みであれば、わたしはお手伝いします」
普通をなぞりながら、己の欲求と向き合う方法を…
幼い子供に教えていくのは、これからを生きていくための処世術。
苦痛や悲しみに塗れて死を望んでしまうのは、黎明を遠ざけてしまうから。
母親が悲しんだ理由、悲しまない方法
友人が異質だと感じた理由、仲直りの方法
いくつかの言葉を贈った後、抱えられていた小鳥の亡骸へと手を伸ばす。

「埋めてあげられそうですか……?」
「………わかんない…
だって……だって、もしも…また…したくなったら…
そしたら……がまん…できるか、わかんなくて……」

「我慢……それでは、我慢しなくてもいい相手をみつけましょう」
「えっ」

「望まれた上で互いの秘密であれば、何の問題も無いでしょうから
村の中だけですと分かり難いですけど……世界には思っているよりも色々な方がいるのですよ」
子供の欲求がどれほどの深さであるか計り知れないけれど
目の前の子も、わたしもただの人間である事に変わりはなく、それぞれに抱える思いと目指す黎明があるからこそ多様な道へと辿り着けるものである。

「……自信が持てないのであれば、わたしと約束をしましょうか」
差し出すのは片手の小指。
数年前、闘技の地で自分も似た約束をお兄様とした事を思考の側面で思い浮かべる。
「やく…そく……」

「はい
望まない方にはしない様に我慢する約束です
探す事は大変かもしれませんが……わたしはあなたサマなら大丈夫だと、信じていますから」
迷った時に僅かでも、足元の小石程度になればいい。
ひとりで抱え込むには重い衝動も、約束ひとつで変わる事があるのだと知っているから。
誰かひとりでも話を聞いてくれるという存在の子供にとっての大きさも。
「……わからなく…なったら……また…シスターのところ…きてもいい…?」
零れる笑い声の後に、肯定の言葉を返して。
ちいさな子供の指と約束を交わせば、雨に濡れていた子供にようやく穏やかな笑みが戻る。
その変化に安堵の息を吐いて、冷たい亡骸を受け取る。
約束の証明として
一種の通過儀礼の様に、何処か静かで温かい場所に弔うことにしよう。
それも子供のこれからの為になるだろうから。
「……シスター
シスターは…なにか……ぼくがおてつだいできることある…?」

「手伝い…ですか…?」
家へと見送る帰り道。
投げかけられた言葉に思わず少し首を傾げて子供を見る。
「うん
だって…れーめーきょうは…たすけあいでしょう?」

「そうですね…それなら……
わたしのお花の世話をお手伝いしてもらえると助かります」
「おはな…青のはなばたけのこと?
いいよ。ぼく、おてつだいするね」

「はい
わたしがいない時もあるので、見てもらえるととても嬉しいです」
「いない……?? シスターはいつもいるでしょ?
どこかおでかけするの?」

「今はしてないですけど……
いつかは分からないものですから」

「その時はあなたサマにおまかせしてもいいですか?」
遠くか近くか、そもそもいつか訪れるかも曖昧な言葉。
それでも子供は元気に頷きを返してくれる。
「いい子ですね」と頭を撫でれば、丸い頬が色づくのが見えた。
そうして、またひとつ
”いつか”に備えた約束を作る。
とある少女にも、とある青年にも、とある獣にも…少しずつ。ひとつずつ。
あるかも分からないもの。
無いまま終わるかもしれないもの。
それでも、揺らぎ壊れる果てにいくならば必要なもの。
いつかの後も 世界は続いていくのだから