RECORD

Eno.179 アルア・フィフスの記録

淫魔プラエド

アルア・フィフスは淫魔プラエドの所有物である。

***

恥ずかしながら。この男は。
生まれて初めての、恋をした。





***

元の世界が消えてから……滅びてから。『我々が』滅ぼしてから。
何年か、この世界フラウィウスで隠れるように暮らしていた。

生きるのに必要なものは、殺して、奪って。
ついでに体に燻る欲望も満たして。
これまでずっと暗殺を生業としていた…言ってみりゃ専門家みたいなモンで。
痕跡も残さず上手くやれていたと思う。
しかし、それも、いつまでも、とは行かねぇわなァ。
残念ながら、ここは戦乱の世界では無いワケだから。

そんな時に耳にした、剣闘士募集の話。
戦って飯が食える。何度も殺せる、しかも、何度殺されても大丈夫。
なんてお誂え向きの場だ。

これまで神様が与えてくれていた甘露の、残滓を味わえる。
戦うこと、殺すこと、捧げること。
それと同様に、ころされること。
強く、つよく。底無しに、求めていた。



***

すぐには、期待した様にいかなかった。
ルールに則った闘いをしなけりゃあ、闘技場を追い出されてしまうだろうし、
ルールをすこし破れそうな…思う存分殺し合いが出来そうな「私闘」とやらは、
まだ準備中だったので。

悶々とした日々を送っていた時に出会ったのが。
あの淫魔だ。


「何です、相手してくださるんです?」

「当然。お前のためならいつだって
 時間の都合はつけてやるよ。かわいい子」

「私の為に、死んでくださる?」

「お前の息の根が止まるまで。
 何度だって付き合ってやるよ、愛しい人」

「アァ、待ち遠しいなァ、その日まで毎日アナタの事を考えますよ。
 どんな武器で切り裂きましょう、何処を狙えば喜ぶでしょう、
 アナタはどんなのがお好みでしょう。わくわくしますね」

「お名前くらい、聞いておきましょうか」

「逝く時ァ、名前、呼んでやるよ」


「俺の事しか見えなくしてやる」




「本当に、お前は愛らしいね。
 そんな熱烈な事を言われたら、流石の俺も目が眩んでしまうだろ」



***

殺し合う約束を交わした。
焦がれて仕方なかった。
期待を煽られ、待たされて、
やがて与えられたそれは想像よりも遥かに良くて。

ぐちゃぐちゃに潰された脳は、まだぐちゃぐちゃの蕩けたまま、
それでも、自分の欲しいものを与えてくれるのは
あなたなのだと理解していた。



再びあなたの前に訪れた男は、
命じられるでもなくあなたの足元に膝をついた。

「プラエド……」

際限ない欲に満ちた瞳があなたを見上げている。

「また、お相手していただけます?」



神様に、捨てられたと思っていた私は、きっと代わりを探していた。
神様の代わりに欲しいものを与えてくれる。
心酔していた。支配されたい。奪われたい。メチャクチャにされたい。
ずっと探していた、待っていた。



これからは・・・・・、あなたが。



***

「……あなたのことを名前くらいしか知らなくて」



***

他人に興味を持った。

何でもない話をした。
食生活の心配をされて
暖かなスープを作ってくれた。
ただ触れるだけのキスをした。
どれも自分の記憶には残っていない、全部、初めてみたいな経験。

くすぐったいじゃれあいは楽しかったし
歯の浮くようなセリフを選ぶのも愉快だったし
相手も同じように、お互い、面白い遊び相手を見つけたものだと。
そう思っていたのだけれど。


「その眼、ほかの誰にも、見せちゃア、嫌ですよ」

「見せるわけ無いだろ。
 こんなの、見たがるのはお前くらいのもんだよ」



そう思っていたのだけれど。


「えェ…? ……もうあちこち、それはもう色んな方に
 見せてらっしゃる印象だったんですが…」

「……最近、もしかして、って思ってるんですが
 もしかして、私…… 随分とアナタのこと、誤解している…?」

「見せるなって言ったり、見せてると思ってたって言ったり……
 忙しい奴だな。誤解ってなんだよ?
 俺は別にそんな、変な事はしてないだろ」

「うう、あ~、もし、違ってたら笑ってやって欲しいんですが……」

「………????」

「もしかして、アナタ、結構、まじめに、私の事、好きなんですか?」

「え、おお……えぇ……?」

「そりゃ……そうだろ……????」



神様は、自分のことなんて、顧みた事なんてなかったよ。



「別に、たくさんの中のひとりでも、いいんですよ。
 アナタは、好きにすればいいんです…」

「なるほど、ならその分しっかり抱きしめてやらないとな?」




***



嗚呼、本当に、恥ずかしい話なのだけれども。





愛されるというしあわせを、初めて知ったのだ。
年甲斐もなく、うれしくて、くすぐったくて。
言葉を与えるとしたらこれは、恋、というしかなくて。
ただ共にいるだけで、しあわせで。


***

それでも、何かに駆り立てられる様に、快楽を求めていた。
上書きされていく。
何もかもどうでもよくなるくらいの、どうしょうもない欲望。
あなたを特別に、大切に思うほどに、別の刺激を、求めてしまう。
誰でもいいから、もっと、もっと、もっと、もっと、欲しい欲しい欲しい。

(殺せ、殺されろと)





***

いつしか、そうではない自分になりたいと思ったのは、
あなたのせいでもあり、
あなた以外の、大事になった人たちのおかげでもあり。

この場所で手に入れたものは、
神様に未だ捧げてはいない、自分だけのものだ。
どうでもよかった肉体と魂以上にそれは価値があって、大切で。
それをささげられるなら、それは最高の喜びなんだって。



それはあなたにとっても同じ。
最高の快楽なんだって。



***

「ね、いっこ、特別に、提案があるんですが。
 ルール、少し変えても、いいですかね」

「外で、ふたりきりで、やりません?」

「闘技場を出て、観客無しで、」

「巻き戻し無しで、やりたいんですが」



「俺からも提案。聞いてくれるか?」



「俺のものになってくれ。
 お前が欲しい、手放したくない。
 ……その日が来るまで、誰にも邪魔されたくない」



既に一度、神様に捧げたものじゃないか。肉体も魂も。
あなたが私を自分のものにしたいのと同じくらい、
わたしも、あなたのものになりたいのだ。

全部神様から取り戻して、
ぜんぶぜんぶ、あなたに捧げる日まで、
きっと本当の意味では満たされなくて。


「やさしいのもひどいのもあまいのもいたいのも
 全部あなたの好きにして、あいするひと」



***


約束の日をただ、待つ。
随分焦らしてくれる。



待って待って待って、耐えられなくなって、
その先で与えられるモノはきっと、きっと最高に。


***

──これもまた、気のせいなら、
もし、違ってたら笑ってやって欲しいんだけど。
あなたが愛する人も、あなたを愛する人もたくさんいるから
大丈夫だと思ってるのだけれど。

あなたが、
私が思っているよりも私のことを、好きなのではないかと、
恥ずかしながら。時々思ってしまっていて。

もしもそうだとしたら、少しあなたを悲しませるのかもしれないな、と、
それだけが少し、心配なのだ。




どうか、この先の永遠を埋めるほど
たくさんの出会いを
たくさんの愛を
たくさんの喜びを
あなたが手にすることを

願っている。祈っている。愛している。



***

いや、だけど、少しでも、
小さな傷でもあなたに増やしてやろうとしている自分にゃ
そんな心配する資格も無ェな。


***






アルア・フィフスは淫魔プラエドの所有物である。
忘れて、も。忘れないで、も。
ぜんぶあなたのすきにして。