RECORD

Eno.313 エヴァム・リリスの記録

3 あたしのリリス

「ねぇ、リリス。あなたは何をお願いするの?」

 あたしは隣で祈るように目を閉じていたリリスに尋ねる。その子は目を開いて、小さな声で答えた。

「……言わない」
「どうして?」

 あたしがそう言うと、リリスは少し俯いたあと、ゆっくり首を横に振った。睫毛にかかった黒髪が揺れて、白い頬に影を落とす。綺麗だなぁと思ったけれど、でもどこか寂しそうな横顔だった。

「願い事を言ったら、叶わないでしょう?」

 リリスが答える。あたしはその言葉に首を傾げたけれど、それ以上は聞かなかった。きっと何か理由があるんだろうと思ったから。
 この小さな教会で、あたしたちはもう何度も礼拝に来ている。それなのに何も叶っていないから、やっぱり神様なんていないんだって思う。

「どうしてリリスは、ここに通ってるの?」

 あたしはリリスに聞いた。すると、その子は何も答えないで、ただ曖昧に微笑んだだけだった。それから立ち上がって、膝についた埃を手で払った。あたしの方を振り返ることもなく言った。

「きみがいるから」

 それだけ言うと、リリスはあたしを置いて歩き出してしまう。教会の外は眩しいくらいに明るくて、リリスの後ろ姿はどんどん小さくなっていった。あたしは立ち上がって、もう一度大きな声で名前を呼んだ。だけどやっぱり振り向いてくれないから、走って追いかけてその腕を掴む。

「待ってよ、リリス」

 リリスは振り返って、困ったように眉を下げた。それからあたしの手を取ると、優しく握りしめて歩き始めた。その白い手は柔らかくて温かい。あたしはなんだか嬉しくなって、その手をぎゅっと握り返した。

「置いて行かないでよ」
「どうして?」
「だっ、て……友だち、でしょ」
「そーお? ……ありがとう」

 リリスが笑うから、あたしも笑った。
 またねと言って手を振ったら、あの子は手を振り返してくれた。白い指先がふわりと揺れる様子を見てたら、胸の奥がきゅっとした。
 あの子の笑顔は魔法だ。どんなに悲しくても、辛くても、寂しさに押し潰されそうでも、あの子の笑顔を見たら全部どうでもよくなってしまうから不思議。
 やっぱりリリスはあたしの神様だ。あの子の側なら、どんなに苦しくても辛くても乗り越えられる。
 あんな家になんて帰りたくない。働いても働いても稼ぎはクソの懐に入って、飯も満足に食えないような冷たい家。ずっとリリスと一緒にいたい。

「ねぇ、リリス」

 あの子は立ち止まって、あたしの方を向いてくれた。月のように綺麗な金色の瞳があたしを見ている。それだけで幸せで胸がいっぱいになる。だからあたしは笑ったんだ。

「好きだよ」

 そう言うと、リリスは目を細めた。まるで雪解けの季節みたいな優しい笑みだった。その笑顔を見ると、どうしてか泣きたくなってしまうんだ。


 ◆◆◆


「ウソつき」

「友だちじゃないじゃん」

「ウソつき」

「願い事は言ったら叶わないんだよ」