RECORD

Eno.105 マリン・ペリドットの記録

【幕間】

 「いつか誰かが死ぬとして、いつか誰かが墓を訪れた時」

       
          「私は、ペリドットの事を想わずには居られないとですね」



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荒野に建つ、不死者が統治する人の街。城塞都市とも言えるそこは、不死者……。
つまりは吸血鬼、ヴァンパイアが事実上の支配下に置いている街である。
蛮族と人間の領土境界線に位置したその街は、古くからその長い戦乱の中で生き延び、
そしてある時の大攻勢を境に不死者達が介入し、統治するようになった。

その地にある墓地は、様々な者が訪れる。
墓守が不死者の統治介入よりも前からずっと守り続けてきた数少ない古き良き土地に
その地で命を落とした者が身を横たえる、最期の場所。

その中の墓の一つに、『マリン・ペリドット』の名はある。

ちょっとした昔話になる。
この街が不死者の手によって統治されることになった時、その噂を聞き付けた不死者が
各地から人目を避けて隠遁できる、或いは好き勝手できると思い移り住んできた時期があった。
その中の不死者に、『フェアマイル・エクセルシオール』という吸血鬼の姿もあった。

その吸血鬼は魔術研究を趣味としながらも粗暴かつ短絡的、喧嘩腰の女番長という有様で
勿論、統治する不死者達に目を付けられないようにしつつも……好き勝手やっていた。
不死者の庇護下でなければこの街は存続し得ない、だから不死者達は特権を持つ……。
そう履き違えている(或いはそういう横暴な態度にあった)吸血鬼のひとりであった。

彼女は住まいを街に確保し、当時としては好き放題やっていた訳だが……
ある日、気紛れに子供の血が飲みたくなったのだろう。
孤児達が身を寄せ合って住む地区へと足を伸ばした。 不死者による『保護』は黙認されていた。

――――そうして彼女は、カンラン石の少女マリン・ペリドットと出会った。




それからは彼女を糧としつつ、最初は粗暴に扱っていたが愛着が沸いたのだろう、
色々と教え込んで――そして吸血依存症を発症させ、最期には『涸らす』こととなった。
その最期は凄惨なもので、フェアマイル自身が張り倒され「吸ってくれ」とペリドットに
懇願されて吸う結末だったと、本人は語る。

~中略~

……その為に、フェアマイル本人は今では粗暴ではなく非常に憶病な性格となった。
極端に人との交流を避け、波風を立てない生活を続けているのだという。
また自分の手で、『涸らして』しまわないように……己への贖罪を兼ねているのだ。


そうして、マリン・ペリドットの墓には時々、フェアマイルがワインを手向けている。
彼女はあまり好まなかったが、向こう側で少しでも飲んで欲しいと願うと同時に、
いつか自分を許してくれる、もう二度と来るはずもない日を……想像しているのだから。


                    『とある荒野の街にて』 著:キッカ・ヘルキャット



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 マリン・ペリドットは存在し得ない。
 或いは、もう既に最期を迎えた存在である。それでも。

 誰かさんはそのお話を良しとはしなかった物語の綴り手は一度だけ、生きるチャンスを枝分かれさせた









今居る彼女は、そんな気紛れから生まれたものであり、
然しその気紛れを救う『誰か』を待ち続けているのだろう。
死に向かうレールを切り替えた先のもしもの話を、続けさせるために。生まれながらにして故人という呪いを植え付けられた彼女を、活躍させるために。




































「……ンで、私にやらせるンか、締めを」



「物語の線を終えた私達には、それが適任だと。
 それが、綴り手ストーリー・テラーの思考、みたい」



「……ふざけてンねえ。ワタシらに決めろってか?
 ……。
 
 死者が生きているもしもの話なんて
 これ以上に笑えない話あンのか、って
 言われたら無いが、面白いンじゃねえ?」



「……ま、ワタシは知らンけど。
 決めるンなら、アンタらが決めるンだな、
 この『カンラン石の少女』マリン・ペリドットのもしもの話をさ」



「それは、我々で決めろと?」



「死者の生きていたかもしれない世界線、
 否定するなンざ勿体ないだろ?
 ……ま、少なくとも、アンタじゃあないけど。
 出れたかどうかも分からないヤツに、言われたくないだろうしさ」
























































「『物語は、綴る以上締めねばならない』」



「少し気紛れに自分の用意した他者他の物語の登場人物たちに決めさせようともしたが、
 やはり彼らでは決めるまでには至らない」



「なら、私は敢えて綴らない事としよう」






















































「マリン・ペリドット、お前の道はお前が拓け
 俺はもう、お前の綴り手にはなれない――いや、」



「……綴り手ではなく、一人の観客として観させて貰う。
 決して俺は匙を投げた訳じゃない」



「お前がどう動き、喋り、思い、織り成すか。
 それは、綴り手ではなく舞台の上の者が決める事なのだから。
 俺は糸を、手綱を握るが――――それ以上はしてやれないってだけだ。
 お前はあまりにも、主体性を失い過ぎている。……だから戦うんだ。
 自由に、お前の在り方を示すように。」