RECORD

Eno.313 エヴァム・リリスの記録

4 俺のリリス

 好きな人がいる。その人はとても綺麗で、優しくて、俺にとってはたった一人の特別な人だった。

「なぁ、リリス。お前は何を願うんだ?」

 俺は隣で祈るように両手を合わせるリリスに聞いた。リリスはゆっくりと俺の方に視線を向けて微笑んだ。

「……言わない」
「どうして?」

 俺がそう聞くと、リリスは少し考えた後に首を横に振った。切り揃えられた前髪が揺れるのを眺めてたら、胸の奥が切なく痛んだ。

「願い事を言ったら、叶わないでしょ」

 ああなるほどな、と思う。確かにその通りだ。神様なんていないんだから、願い事を叶えてくれるような存在はいないし、そもそもリリスは神頼みなんてしないんだろうな、とぼんやり思った。

「俺の願いも、叶わないかな」

 神様なんて信じられないから、俺はリリスに問いかけた。だけどリリスはゆっくり首を横に振って笑った。

「きみは優しいから」

 意味がわからなかった。だけど聞き返す前にリリスは俺の手を取った。リリスの白い指先は温かくて柔らかい。その感触がたまらなく愛しかった。

「好き」

 リリスがそう呟くのを聞いて、心臓が跳ねた気がした。顔が熱くなるのを感じたけど、俺はなんとか平静を装って「ありがとう」と笑った。

「好きだよ」

 リリスがそう言うたびに嬉しくて苦しくて切なくなる。リリスが口にするとまるで福音のようだと思った。

「俺も、好きだよ」
「うん。……おんなじだね、────」

 リリスは笑って、それから俺の手を握った。その白く細い指先に力が込められるたびに胸がざわついた。この感情はなんだろう?  わからないけど、でもすごく幸せだった。リリスが俺の名前を呼んでくれるだけで天にも昇る心地になったんだ。

「きみのことが好きなの」

 そう呟くリリスの声が震えていた。リリスの綺麗な瞳が潤んで、月の光を映したみたいにきらきら光っている。

「……あぁ、夢みたいだ」

 俺は片手を上げてリリスの頭を優しく撫でた。リリスは気持ちよさそうに目を細めたあと、俺の手に頰を擦り寄せた。その姿がとても可愛くて、思わず抱きしめたいと思ったけれど、撫でることで精一杯だった。

「ありがとう」

 リリスは笑った。やっぱりその笑顔を見ると、胸の奥がきゅうっと鳴くんだ。このまま時が止まればいいのになって思う。
 神様なんて信じないけど、どうかこの幸せな時間が少しでも長く続きますようにと祈るような気持ちで心の中で呟いた。


◆◆◆


 月が見えない夜。黒服を纏ったこどもが棺の前に立っている。
こどもは小さな手で棺の蓋を持ち上げた。その中に横たわる男を見下ろして、その頰をそっとなぞる。

「────」

 こどもの小さく開かれた口は何も告げない。ただ男の顔を見つめ、そっと瞼を閉じた。
 しばらくそうしていた後、こどもは小さく息を吐いて立ち上がった。

「飽きたな」

 そう呟いて、こどもは棺に蓋をする。背を向けて歩き出すと、その姿が暗闇に溶けるように消えた。

「明日にはこの街を出よう」

 ここに残る理由もないことだし。こどもは寂しげな声で呟いた。