RECORD

Eno.23 火焔放射姫の記録

『喪ったもの』


『火焔放射姫』となってから、それ以前に『火』と『炎』に全てを費やし始めてから
色んな物を失ってきた。




職場を失った。大学生時代の自分が働いていたゴミ焼却場のバイト。
失ったというよりは、辞めたというのが正しい。
燃えるゴミを延々と燃やして僅かなお金を得るよりも―――――
自分が燃やしたいものを燃やしてお金を得る方がいいって気付いたから。
……平時は郊外の畑の焼き畑だったり、個人で処分したくても処分できない、
或いは秘密裏に処理して欲しいものを焼却する依頼でお金を得ている。
それに加えて、特定の勢力への報復だとか攻撃で放火して欲しい、って依頼も受けてる。
失ったけど、自分で新しい仕事を見つけているじゃんね。



住居を失った。学園の学生寮に住んでいたけれど、『姫』となり放火を始めた初期に
学園から追い出され、当然のように寮からも追い出された。
ついて来てくれた「ないと」達のおかげで今はとある学区の廃ビルを住処にしている。
事務所として使われていた部分がアタシのパーソナルスペースとなり、
大部分は新しい燃料の製造と実験施設になっている。
……失ったけど再び手に入れてるじゃんね。まあ、一度失ったものとしては正しいよね。



友達を失った。『姫』になる前は放火魔だと知りながら友達になってくれた子が数名いた。
その子達は「ないと」になるか、卒業して『学園都市』を去って世界中の裏社会へ進出した。
連絡はもう取れないし、取れたとしてもただの『放火魔』を相手にする時間なんてない。
だから、友達とは言えなくなった。疎遠同然だ。
……これは、取り戻せない。「ないと」は「ないと」であり、友達ではない。
『部下』であり『右腕』だから。



お金を失った。……まあ色んなものを燃やす為に化学薬品とか買い込んだら無くなったんだけど。
「ないと」達は無償で奉仕してくれる。けれど武器や装備にはお金がかかる。
基本的な装備(消防士用の耐火服や装備)は揃っているけれど、
「ないと」達が使う銃やそれに取り付ける小型の火焔放射器は買わないといけない。
それに、食料や弾薬も買わないといけない。
『仕事』で稼いだお金は、大半は「ないと」達のこういった人件費とか、
燃料の製造費用に費やされる。……ので、『学生運動』中は燃料を一切合切かき集める。
あの手この手で。そうしないとお金が底をつくから。





倫理観を失った。……元からそんなもの、無かったけどなけなしの倫理観は
『姫』になってからは著しく欠如する形で失って、放火への衝動を駆り立てた。
『フェストリア』に居る今も、敵を燃やして放火への衝動や欲求を満たしている。
ただ、冷静に物事を考える時間が増えたからか、これは少しずつ戻ってきている気がする。
分からない。倫理観ってなんだっけ?人にやさしくする事?常識?
当たり前のコトが、アタシにとっては当たり前じゃなくなっているせいで――――
……ちょっと、苦労しているのかもしれない。





友達を失った。『姫』になる前は放火魔だと知りながら友達になってくれた子が数名いた。
その子達は「ないと」になるか、卒業して『学園都市』を去って世界中の裏社会へ進出した。
連絡はもう取れないし、取れたとしてもただの『放火魔』を相手にする時間なんてない。
だから、友達とは言えなくなった。疎遠同然だ。
気付けばアタシには、「友達」が居ないし新しく作る事もないし、そういう関係が無かった。
……対等にお話できる関係、というのは居なかった。





レンゲちゃんが、アタシとは友達で居たい、と言ってくれた。
……それがどんな意図であれ、アタシは嬉しかった。
自分の持っているものを全部火にくべて燃やして、その残った灰の中から
燃えずに綺麗に残ったものを拾い上げた時の感情がそこにあった。










美しい炎に焼かれて、浄化されて残ったもの。
灰の中から出てきたものが、それならば。
アタシはそれを認めるしかない。











アタシは得たものに対して、手放したり失ったものが多い方だと自覚している。
でもこれ以上に失った者達も世の中にはきっと居るのかもしれない。
『姫』なんてそんなものなのかもしれない。
本当はアタシは小さなランタンの中の炎で、活かされ続けているだけかもしれない。
いつか、いつの日かランタンが割れて外に炎が漏れ出た時、どれだけ燃え広がるのだろう。
地獄に堕ちても、その地獄を燃やし尽くしてしまおうと息巻くアタシは居るだろうか。










心のどこかで、すっかり病んでいる自分はいる。
自分自身への自信なんてどこにもなくて、火を点けて精神を安定させているのだと。
ねえ、アタシはどうすればいいんだろうね。そんな事誰も教えてはくれない。
ただ、チトセやコガラシは『姫はこれからも姫らしくあればいいよ』と言ってた。
……気がする。アタシの記憶力も焼けてるのかも。


友達を炎で焼いたら、綺麗なんだろうか。
……ああ、そう考えてしまう時点で、


「……アタシは。」







ねえ、アタシはどうすればいいのが正解なの?





……壊れそうな精神を、ヨーグルト味の錠剤菓子で誤魔化した。
これが薬だったら良かったのにな、なんて。
喪ったものは、まだまだあるのかもしれない。



取り戻せない。それでも、『姫』なら進むしかない。
引いて取り戻せるなら、そうしただろう。でも退く事はもうできない。










『フェストリア』のお祭りが成功して終わるまでは、
楽しく騒いで焼き尽くして、焼き尽くして、楽しんで、
それで良かったと思えるように、悔いのないように、アタシはその名を……
……、『その名』?








「……あ、」





思い出してしまった。










アタシは、『名前』すら喪った―――――― 自分の名前を、喪った。
自分が元々どういう苗字で、どういう名前で。親にどんな想いを込められて名付けられて
この世に生まれ落ちたのか。アタシはその名前を気に入っていたのか、そうでなかったのか。
どんなあだ名を付けられて呼ばれていて、そして喜んでいたのか、










そうしてアタシが火にかけて残ったのは、『火焔放射姫』だけ。
名前すら喪った事を今、思い出して。放心した訳ではないが……。
いずれ、『火焔放射姫』でいられなくなったら?
アタシは本当の意味で、自分自身すら喪うのだろうか?











今は、それだけが怖い。


そうなる前に、そうなる前に、薪を持って炎に投げなくては。
『姫』なのだから、アタシは『姫』なんだから。