Eno.34 ギムレット

■ 無題

衣服を作るぐらいのゆとりは出来て、海水を汲んで、釣りをして食料を確保して、木材を取りに行って、忙しないままにそれなりにこの日々に馴染んでいる事に未だに驚きを隠せない。
たまたま顔を合わせた漂流者同士でクラッカーを鳴らしてみたり、なんとなくその瞬間ここが孤島である事を忘れそうになる様子、気が抜けるというか、気が抜ける事が少しありがたいと言うか、俺以外の漂流者達もそうなのだろうか。

他の船員はどうなったのだろうか、俺みたいに孤島に流れ着いてるのだろうか、それとも海の底に沈んでしまったのだろうか。
自分が生き残ったから別にそれで良いと最初は思っていたが孤島暮らしに慣れて、ある程度の生活ができる様になってみるとそうでもない気がした。
生きてて幸いだった、これは本当にそうだ。
命あっての物種。だから運び屋の仕事をしながらも他者に深く言及などしなかったし、だから俺は生き残れてきた。藪に手を突っ込まない限りは蛇も出ないのだから。
俺は保身を出来る限り選んできた、その先で他人がどうなろうと知った事ではなかったから。
…それすらも忙しさで目を背けて来ていただけかもしれない。
どうして自分だけが生き残ったのだろう、その幸運に選ばれるほどの人間だったのか。
これは後ろ向きではなく、単なる疑問だった。
なんとなく、同じ船に乗っていた他の人間が無事ではないような気がして仕方がない。
いや…こんな疑問忘れてしまおう、出来る限り。

目に見える範囲の人間が無事ならそれで良いか、今はそれぐらいに広げても良いはずだ。他の漂流者達を見てそう思うぐらいは許されるだろう、俺は生き残った幸運を得た奴なのだから。
今の俺は運び屋ギムレットではないのだから。