Eno.121 エルミナ=エルマ・エルミウム

■ 最初で最後の我儘

家を継ぐというのは、多かれ少なかれ色んな自由を捨てることだと考えています。
私の場合、それは家のために決められた将来を歩むことなのです。
決められた相手と結婚し、子を為し、家を将来につないでいくこと。
これが私に求められた「家を継ぐ」ことでした。
ですが、そのことを嘆いたこともないですし、自由に憧れたこともありません。
これこそが私の役割なのだと、思い込むことで考えないようにしていましたから。

旅客船で海外旅行に向かう途中、猛烈な嵐に見舞われ、
脱出艇を準備する余裕もほぼなく転覆する船から、各々鼠のように脱出を図る最中のことです。
父、母、弟は私の目の前で波に攫われました。
間もなく私も海に吞まれたのですが、そのとき私は自分のトランクを抱えていたことが、
結果としてこうして命を繋いだことになったのです。
家族の安否は不明ですが、現状では確認しようもありません。
もちろん無事を祈ってはいるのですが、あの惨状の最中だったことを鑑みると、
最悪のケースを想定しておかなければなりませんから。
仮にそうなった場合、この島から脱出しても、私は元通りの生活を送れる保証はありません。
後ろ盾がなくなったわけではありませんが、本家筋としてはかなりの痛手です。

ですがここにきて、初めて私に友達ができました。
今までそれさえ自由に作ることができなかった私に、お友達ができました。
打算的なものでなく、政略的なものでなく、心から通じているのだと思わせてくれる…
両想いともいえる素敵な友達ができました。
ここから脱出しても、また会いたいと仰ってくださる、お優しい方です。
ここまでしなければ、得られようもなかった、尊きものです。
エルミウム家の子女としては、失ったものは非常に大きいです。
ですがエルマとしては、得られたものは非常に大きいのです。


結果として、私は家を捨て、友を得ました。
ですが、私は後悔していません。
もう、家のために色んな自由を捨てるのは嫌なのです。
叔父、叔母に家督を譲る旨を話せば、今後暮らすに困らない程度の援助はしてくださるでしょうから。
それを受けて私は、自分のしたいことに正直になろうと思います。
そちらに私の声は届かないかもしれませんが、私の最初で最後の我儘です。
……聞き届けて、いただけますね?