Eno.145 留守みんと

■ 潮騒は答えない / 私は前に進むだけ

 探しても見つからない。

 何か失敗に気付く時は、およそ手遅れになった後だった。

 人は往々にして――なんて言うと、多分大きすぎる言葉。
 少なくとも私は、なんて言うのが丁度いい塩梅。
 しっくり来るのは、きっとその辺だ。

 肩の痛みも、今回も、
 それ以外を挙げると、もう些細な物しか出てこないけど
 それでも、心を痛めるのにトラブルの数は重要じゃない。
 どれだけ心の深く、奥底に刺さってしまったか、
 そういう所なんだと、大失敗をして分かった気がする。

「…………」

 髪に潮風が絡まる。傷んだキューティクルが軋んで、
 手櫛に傷んだ髪の毛が何本も絡まってしまう。
 目が乾く程度だった潮風が、ちくちくと目に刺さる。

 ただ、海を見ていた。
 自分の右肩を抱くのが、いつしか癖になっていた。

「……ふぅ」

 鈍色の空が何倍も広く感じる。
 雨の冷たさが肌の温度と混じっていく、
 そして凍えていく、身体と心の深い所まで。

 海鳥の鋭い嘴が、野たれた獣を啄む様に。
 ずき、ずきと遠慮なく心に痛みが挿し込まれては抜けていく。

 言葉も、声も、喉の奥に引っ込んだまま出て来ない。
 知りながら、察しながらも待ち続けるのだ。
 来ないと知っていても、『いつか』という日を。

 潮騒は答えない、ただ打ち寄せては大地を削り、
 出ない答えを海風の中に攫っていく。
 いつかこの痛みも錆びついて、前に進めるのだろうか。
 今はただ、傷口がひりついて癒えない。

 身体は治ってきてるのに。

「どうしてっスかねえ」

 答えない。潮騒はずっと――。



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 私に追いつこうとして、溺れた人が怪我する人が居た。
 私はただ、自分が前に進むために泳いでいるだけ。

 それなのに、自然と誰かが後ろで傷付いていた。
 悩んだ事もあった、けど心が痛むばかりで何かが変わる訳じゃない。
 だから私は、考えるのを、気にするのを辞めた。

 ドライな人とも言われた、でも私の心は潤った。
 いや、枯れる事が無くなった。涙も、声も、心を満たす水面も。
 俗世とでも言うべきか、人の社会から離れた所に沈降していく。
 深く、深く、何処までも深く。

 その結果、私の周囲は私以外見えなくなる。
 だから私は、誰も気にせず泳げる様になった。

 これを、伝えるべきなのだろうか。
 私が冷酷と言われるだろうか、当事者でもない癖に何を、と
 そう心無い言葉をかけた愚か者になってしまうのだろうか。

 人の心の機微に疎い。
 この世の泳ぎ方が少しだけ、普通の人とズレているから。

 たっぷり息を吸い込んで、私は意識の深海へと潜っていく。
 その際のひれの動きに、どれだけの魚達が傷付いたとしても関係ない。
 私に感化されようと、私を目標にしようと、それはその人の中の話。
 怒れど、妬めど、狂えど、憔悴しようとも。

 だから私は、前に進んでいく。
 水を裂く大きなヒレが、例えどれだけの他者の心を傷付けても。
 少なくとも、私は。

 根本的には別問題かもしれないけれど、
 そうやって、違う物とて、同じと見立てて割り切れるなら――。