Eno.38 白恋たると

■ 幽霊列車

 

「……此処は」



波の音が聴こえる。
意識が醒めて瞼を開いた瞬間、目の前に広がるのは見知らぬ海岸だった。

「(……わたしの住んでいる街じゃない)」



昨日の事は、あまりよく覚えていないけれど。

文字が掠れた曖昧な標識に、チカチカと点滅するネオン看板。
いつもと同じように家路を辿り、地下鉄に乗ったところまでは思い出せる。

一瞬で過ぎ去るはずの真っ暗なトンネルが、あの時は妙に長く感じて……
きっとわたしは、電車に揺られるうちに眠ってしまったのだ。

 ──ああ、そうか。

「たるとは……
 乗り違えてしまったのですね」



遠い昔に聞いたことがある。
悪い子の前に現れて、乗ればたちまち遠くに連れ去ってしまう
神隠しの列車』の噂を。

きっと自分は普段から嘘ばかり付いているせいで、バチが当たってしまったのだ──
なんて、誰にも言えないけれど。

視界の端に、太陽の光を反射して輝く小瓶が見える。
ひとまずは立ち上がり、歩き出さなければ何も始まらないだろう。

溜め息と一緒に、口から青い炎を吐いた。