Eno.131 鰄 八尋

■ 漂流六日目:渚のクリスティーヌ

最近はいつも岩場にいるわ。
ユウリにディレクターさん、リコリスにナンナ。
瑠璃子もだいたいここにいるから、こっちに帰ってくるみたいな感じ。

今夜はこの島に来て、最高の夜だったわ。
ユウリはアイドルなんですって。候補生って、スターの卵ってことよね?
お歌が得意なのかと思って、一曲お願いしたわ。
そうしたら、すごかったの。本当にすごかったんだってば。
あんなに綺麗な歌声を聞けるだなんて、生まれて初めてのことよ。

「天使の歌声」なんて陳腐な言い回しかもだけど、他に思いつかないの。
人の喉が出せる歌声の限界を、遥かに超えている感じ……っていうのかしら。
耳が幸せなんてものじゃない。音楽の天使ってほんとにいるのね!
録音できたなら、きっと何百回でも何千回でも繰り返して聞いたと思うわ。
でも、この島にそんな物はないし……私の世界でもほとんど残っていなかった。

だから、心にとどめておくことにしたわ。
伴奏もない、波音と共に星空に吸い込まれていくばかりのアカペラを。
胸の奥を鷲掴みにされたみたい。すぐにファンになっちゃった。
今は「推し」って言うのよね。私にも推しができるなんて、わからないものだわ。

その推しと、写真を撮ってもらったの。
たとえばこの先、もう二度と会えなくなっても大丈夫なように。
今夜のことを、あの歌声を思い出せるように。

そうそう、お歌も教えてもらえることになったわ! 羨ましいでしょ?
ただ、歌いたくなったの。あんなに上手に歌えなくても構わないから。


それでね、ええと。

自分自身を見つめ直す時間ができて、気づいたことがあるの。

ユウリもディレクターさんも、元はお仕事で来ていたんだって。
メモリーもそう。サバイバルの調査って言っていたわ。
私もある意味、自分の意志で来たようなものだけど……全然違うのよね。

パパの仕事が世界を滅茶苦茶にして、みんながそのことを知っている。
文明社会の崩壊を誰か一人のせいにするなら、それはきっとパパなんだわ。
ヒロ・カイラギの娘として、後始末をしなきゃいけない。

なのに、私は逃げたの。自分がかわいかったから。

責められることにも耐えられない。だってそもそも、私のしたことじゃないもの!
「レヴィアタン」が現れた時も、ナイスタイミング!って思ったのよね。
ガブリと喰われて、全部おしまいにしようとして……目が覚めたらこの島にいたわ。

実際、死んじゃったのかしら? まだ生きてるの?
一番大事なところがよくわからないまま、ただの私が放り出されて。
終末の世界から遠く離れて、自分自身を客観的に―――相対的にも見つめ直して。
少しずつ、考えがまとまってきた気がするの。

いつかまた、胸を張ってみんなと会えるように、精一杯のことがしたい。
この後ろめたさにケリをつけて、自由に生きられるようになりたい、ってね。

具体的には、この先もシャークヘッドの討伐作戦を手伝うわけだけど……。
世界中のとんでもない化物たちを、全部倒したら終わるのかしら?
絶対途中で死んでるわよね私。「ポール・バニヤン」の時だって死にかけたのに。
どうにかなるビジョンが全然見えないわ。

うー……帰りたくない。
ほんっっっとに帰りたくない!!!

でも帰るわ。

私のお家ですもの。
どんなにガッタガタでも、そのままにはしておけないでしょ?